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伊藤製作所「豆畑支所」
   
 

大学のにゅうし

2011年12月11日(日)

それで佛教大学には通信教育があるからそこを調べたり、コロラドのNaropaにも通信教育があるのでそこを調べたりしていたが、そもそも佛教大学のほうは入試があって、日本にいる予定のないときに入試だし、「にゅうし」が受かるかどうかもわからないし、勉強もいっぱいレポートかかなきゃいけないらしくて、これ以上しめきり増やしてどうすんだおいという内なる声もあるし、Naropaのほうはそもそも英語だし、チベット仏教が主らしくて、やりたいこととは微妙にちがっておるし、どうしていいかわかんない。せっぱつまったあげくの逃避かもしれない。あー、ほんとにこんなことなら、学生時代にもっとちゃんと勉強しておけばよかったと悔やまれるが、行ってた大学は仏教系じゃなかったし、いってた幼稚園は仏教系だったけど、幼稚園児はほかにやることいっぱいあったし。

大学

2011年12月10日(土)

仏教系の大学に入って思いっきり仏典を読んで、おもいっきり先生に質問したいけど、ここにいたらできない、それが。こっちで大学入ったらみんな英語だから、漢訳仏典読むってことができないだろうし。うーーーむ、人生最大の危機だ。

ケプラー22b

2011年12月07日(水)

ケプラー22bのニュースには心動かされた。こないだネアンデルタール人の女の写真をナショナルジオグラフィックかなにかで見たときくらい、心動かされた。で、つれあいは何にかんしても懐疑的なので、ネアンデルタールの女の写真も、いったいいつだれが見たんだ、みたいなことをまず言ったし、ケプラー22bについても、いったいどれくらい遠くにあるかわかってるのか、と非現実的なあたしを見下すように言うのである。600光年の距離なんだけど、いざとなりゃワープという手があるというのをつれあいは知らない。漫画読んでないのである。ネアンデルタール人の顔は、子どもの頃読んだ漫画に、石川球太だったか、原人同士の戦いの漫画があり、そこに出てきた敵の原人たちにそっくりであった。漫画の世界ではあたりまえに起こっていたことが、デジュヴュつーか、今更、という感じで現実の世界に起こってくるのが不思議である。

ツリー

2011年12月07日(水)

ゆうべ、学校の帰りにトメ連れてクリスマスツリーを買いに行ったら、やたらに混んでいたので買わずに帰ってきた。それで今日、お昼前に、エクササイズの帰りに行って、いちばん小さいやつを買ってきた。あたし一人でもらくらく持って帰れた。しかし15年間、クリスマスツリーを買ってきて、今年がはじめてであった、こんな小さいツリーを買うのは。うちにたまったオーナメントの3分の1も飾れないようなやつだ。

ペットとコンブチャ

2011年12月06日(火)

あたしの部屋は、服が散乱して、本が積み重なっていて、犬の毛がもうもうとたまっていて、旅行カバンは出しっぱなしで、靴は何足もころがっていて、ニコがニコ用ベッドで寝ていて、ぴーちゃんが椅子の背かライトの上かにいて、タケは部屋の入り口にいる。ここまでは常態なのだが、さっき台所から、培養中のコンブチャの大瓶を動かしてきて、机の脇に置いたので、なんだかやたらとペットの密度が高くなったような気がしておる。コンブチャ、かわいい。

眠気

2011年12月06日(火)

ひきつづき「本覚思想批判」と格闘しておったところ、S枝さんからメールが入り「風邪治りましたか」と(つまり催促)。間髪を入れずにT中さんからもメールが入り「15日の件、お忘れなく!」と。この二つのメールもらったらいきなり凄まじい眠気が襲ってきて、まっ昼間というのに2時間も寝てしまった。なんたることだ。

コンブチャとクリスマスの飾りとケセン語訳聖書

2011年12月05日(月)

新しいコンブチャを始めようと思ったが、やはりタネが欲しい。それで、いろいろ検索したところ、タネのつくりかたを発見してやってみておる。今までのやりかたとのいちばんの違いは、密閉せずに息ができるようにタオルで蓋をしたところ。さあどうなりますか。
あんまりむずかしい、というか、あたしの頭脳で理解のできない本ばかりたてつづけに読んでいたので(これを読むというならば、だ)昨日から、本覚思想も涅槃経もとりあえず横において、山浦玄嗣さんのケセン語訳聖書の「マルコ」こないだ買ったっぱなしで聞いてなかったのを聞き始めた。これは本が震災でダメージを受けている。よく生きのびたものだ。「マタイ」を読んだときにはすっかりハマって、その後しばらく、口をひらけば聖書の話ばっかりだった。で、このように時をおいて読んだらまたまたすばらしいではないか。語りの基本だ。こういう訳をあたしもしてみたいし、こういう朗読をあたしもしてみたい。岩波の佐藤研訳のもならべておいて(これはこれでぶっきらぼうな学者風がとても好き)いっぺんに読んでいる。ケセン語訳は、車の中でもきき、ipodに入ってるから台所でもベッドのなかでも聞いている。で、ききながら運転していて、ふと外をみると、家々がイルミネーションで飾りたてられている。曲がり角の家のは年年すごくなる。今年は家全体が光り輝いている上に、前庭に、イエス生誕の図ができあがっている。
「僕はビートルズ」7が11/25とかにできるというので、amazonで注文してM子のところに送るように指定し、M子からあたしに送ってくれるてはずになっていた。思いがけず、時間がかかったのが昨日ついた。もう10回くらい読んだ。これはよくわかる(あたりまえか)。でも、「デラシネマ」4も注文したのだが、11/25のはずが12/25以降になるかもとamazonにかいてあった。遅れるのだ。他人ごとではない。共感する。辛抱強く待つ。

YouTubeと空白の数時間と「芝浜」

2011年12月04日(日)

涅槃経について検索していたはずがいつのまにかYouTubeでさんざん古い歌をききまくっており、東京ブギウギのいろんな人のカバーを聞いてたり(青江三奈と八代亜紀のデュエットがいちばんよかった)、談志の芝浜を聞いてたり、それからはっと気がつくと牛島辰熊だ木村政彦だという熊本県人を検索したりもしており、ああわたしは何をしていたんだろうという空白の数時間を過ごしたところであった。
「芝浜」は好きだ。あたしは三木助ので覚えるほど聞いた(テープを持っていたのである。それからちくま文庫の「三木助集」でなめるように読んだのである)。「芝浜」の夜明けの海の描写が「幻談」の夕暮れの海の描写とすごく似ている。今日父に電話したら「四時から談志の芝浜をやる。談志の落語ってちゃんと聞いたことないから聞いてみようと思って、マラソンみて時間つぶしてんだ」ということで、じゃーあたしも聞いとこう、父との会話のタネにしようと思ってYouTubeで探して聞いたのである。最初はおもしろいけどうっとうしいところもあった。でも批評を全面に出しながら落語やってんだなと思うと、当然だと思えてきて、そのうちはなしがどんどんリアルになっていって、ひきこまれて、よかったのだ、けっきょくは。ちょっとしつこいのは個性であろう。これに比べると三木助のは様式美だった(でも好き。様式美のほうが「語り」の本質ではあると思う)。おかみさんが二回目に起こすとこなんて、談志のは、とってもおどおどしていて、やっぱそうじゃなきゃ嘘だなあと思ったのだ。勝つぁんが最後に飲もうとするところ、昔は(子どものころ聞いたときには)たんたんときいた箇所だが、依存症のことをよーく知った今となっては、叫びたいほどどきどきする。

母のお迎えと父のたばこ

2011年12月04日(日)

父が言うには、「このごろ裏から横にかけてふわーーーと白いものがね」と。「何かよくわかんない、ときどきそういうのがある。そういうときはじーっとして、たばこ吸って、休んで、すぎていくのを待つ」と。父の解釈では「あれはばあさんが迎えにきたんだ」と。「おい、まだ早いよ」と声をかけた日もあったそうだ。昨日は、たばこを吸いたくてたまらないと言っていた。ときどき1本ずつ吸っているそうだ。きのうはなんだか元気がなかった(このごろ元気のない日と元気のある日が、交代でやってくるような気がする)。すごく吸いたい、吸えばよくなるかもと言っていた。あたしはアレルギーがひどくなってるので、たばこ再開されるとほんとにつらいのであるが、まあ、しかたがない、何も言わないでいる。吸ったら吸ったで、また、吸ってる間は少し遠くにいればいいことだし、と思いながらも、ゆうべは父がまたたばこを吸い始めて、あたしが咳き込んでいる夢を見た。

白身考

2011年12月04日(日)

娘たちがそれぞれにケーキをつくるのに凝っているらしく、冷蔵庫を開けると大切に食べていたちょー高い自然卵がなくなっていたり、卵黄が大量にあったりする。卵黄はうれしくあたしの食生活に投入して、リッチな生卵かけごはんやリッチな卵おじやにしているけど、なんだか期待したほどうれしくないのである。黄身はたしかにうま味があふれんばかりで、こってりとして、まったりとして、黄身なんだけど、なんだかしつこくて、もっともっとと食べる気にはなれない。ずるずると鼻水をすするようで、そこがまたなつかしくはあるんだが、このすすり感がないといいのにと思わないでもなかった白身の存在に、しみじみ気がついたということだ。親孝行したいときには親はなしという川柳のようだ。(ってどこが?)

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