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ポルトベロとヘリ
2010年02月10日(水)
朝の散歩に行ったら、公園の、木ぎれの撒かれた区画で(クリスマスの木を回収して木ぎれにしたもの)ポルトペロという大きいキノコをみつけた。おとなのてのひらより大きく、がっしりして、炒めると生々しい香りがして実にうまい。汁が黒くなるけど。てんぷらは絶品である。で、それだ。拾ったら、拾ったというより、もいだ、という感触。ねっこのところがしっかり生えておる。とりあえず持って帰り、ネットで調べてみると、ポルトベロはふつうのいわゆる「マッシュルーム」の仲間である。とくにクリミニという茶色い味の濃いマッシュルーム、すごくうまいのだが、その巨大化製品化したものらしい。それはともかく。ついでに、毒キノコもしらべてみたら、見ようによってはポルトベロに似てっぽいかたちと色の毒キノコもあるではないか。うーむ。食べようか食べまいか、なやんでいる。採ってきたとしらずにそこらにあれば、ぜったいポルトベロだと思って、たちまちにんにくで炒めるか焼いてポン酢か天ぷらかで食べておる。採集生活はあたしの見果てぬ夢だ。ゆうべ夜半、12時すぎ、隣のグラウンド(まっくら)にヘリが舞い降りた。武装した男たちがばらばらと出てきて襲いかかってくるのではないかと思って息を潜めていたが何もなかったのである。
利己的な遺伝子
2010年02月09日(火)
つれあいがむかついている。あたしもむかついているがこんなにはひきずらない。こうやって何日も、怒りをひきずり、声や表情でそれをつねに忘れず表現し、まるで全身が、ひきずる怒りで、腐った饅頭みたいになっておる。こういう人間ってほんとにわかんない。あたしは忘れるのだ。というより保持しておけないといったほうが正しい。てのひらからぼろぼろこぼれていってしまうのである。激しいことばを投げつけて3分後にはけろりとしておる。そして人が怒ったり悲しんだりしておれば、あたしがわるかったのかなと反省しちゃったりもする。容易にする。こないだ「利己的な遺伝子」を読んでいたら、どっちかが遺伝子的に有利だとかいてあった。どっちが有利なのか忘れた。いや、つれあいとあたしの関係じゃなくて、もっといっぱんてきなことだったが。え? けんかの原因? つまんないことですよ。でもあたしはわるくない。あっちの性格がわるい。断言できる。しかしそれでも反省はできる。そういう性格であることを知っているのに、彼のその性格による発言におもわずむかついて、いいかえしたあたしの未熟さによる。つまりこれは仏教でいうところの貪瞋癡(とんじんち、と読む)。貪(もっとほしいとむさぼる心)瞋(思いのままにならぬをいかる心)癡(しろうとしないおろかな心)のうちの、瞋と癡だ。ああーーーーーーっっえらそうなことはいっておれない。今、書きながら思い出したのだが、このごろ不満に思うことをすぐ口に出す、ないしはメールに出す癖がついてしまっておる。10年前ならいわないで我慢していたようなことをはっきり伝えてしまうのである。言わずにうじうじして後悔するよりも言っちゃってだめでもいいじゃないかと思って、つい口に出す(書く)が、よく考えれば、これは瞋だ。反省せねば。
プロレスとカントリー
2010年02月08日(月)
つれあいがむかつくので、ひとりで夜更けの映画を見に行った。こないだから見たいと思っていたCrazy Heartである。The Wrestlerと同じような趣向、昔はうれてたが今はうれなくなったカントリー歌手の話である。なんだかやたらとそういうのを見てるのは、そこに自分をかさねておるからか。映画としてはプロレスの方が好き。たんにカントリー音楽よりプロレスのほうが好きなだけかも。夜更けの落ちぶれたカントリー歌手の映画に、お客は3人しかいなくて、ばばあがふたりにじじいがひとり、映画館の人はライト消し忘れて、ほの明るいなかでしょぼしょぼと見たのである。洗面器のなかのおしっこの音が聞こえてきそうなふんいきであった。予告編でやってたRobin Hood、ラッセルクロウとケイトブランシェット、ブライアンヘルゲランド脚本リドリースコット監督で、R指定である。ロビンフッドがこんなにまるまるとしていていいのかと思いつつ、これは見たい。Prince of Persiaは、ジェイク・ジレンホールすきだけど、たぶんこれは見ない。
Planet Earth
2010年02月07日(日)
家人どもが「プラネットアース」をみておったので、最初はつきあっていたが、つらかった。カリブーの子どもがオオカミに襲われたところでもういやになったが、ゾウの子がまいごになったところで、とことんいやけがさして下に降りてしまった。こちとらふつうの映画だってこわくて、殺しあいのシーンになるとトイレに隠れたりしているというのに(ほんとです)本物の死(しかもたいてい子ども)はみたくない。そういう現実であるというのを知っているからこそまざまざと見たくはない。これは以前セットで買ったので家人どもはときどき見ているのである。きのうは「ロッキー」を見た。あたしははじめて見たけど音楽はよくしっていたしストーリーも知っていたのでこわくなかったのである。格闘技づいておる。そういえば何日か前に見た「イースタンプロミス」というのも暴力的な映画だった。暴力というのは、表現としてはおもしろいのだろうなあとしみじみ考えた。きょうごはんのときトメがハーブを(とくにそのときはコリアンダーの話をしていた)きらいな理由は「空気をのみこむみたいな」感じになるからだと言った。
映画とビール
2010年02月01日(月)
文体かえたいのですが、なかなかいい文体がみつからないのでございます。ととげ抜き風にしてみましたがなかなかうまく進みません。H田がtwitterというのにはまっている。だからあたしも短くしたい。書かなかった間に見た映画は「This is it」と「レスラー」と「96時間」。飲んだビールはダブリンのT木さんおすすめのアイルランドビールSmithwicksとStella Artois、あとはシャルドネとピノグリジョでお茶を濁していたのである。以下大家さんに。いや大家さん、あたしは心臓発作おこしてないですが、よくわかります、この頃仕事に入るまでにおそろしく時間がかかるんです。年のせいというよりネットのせいかも……。でもほんとに時間がかかります。仕事にはいりこむととうぜんもののけが憑いて部屋はぐちゃぐちゃになるけど、はいりこまなくてぐちゃぐちゃですよ。それもまた年々かたづけられなくなってきた。娘の部屋がきたないの、ネットばっかやってて勉強しないの、よく怒ってるけど、自分もそうなんです。男と別れたって立ち直るのに4年かかるんだから、心臓発作から立ち直るのに一年じゃまだまだ。ゆっくり、立ち直っていってください。
大家さんと火星のプリンセス
2010年01月27日(水)
ひさしぶりに大家さんちにいったら、お疲れのごようす。いや、よくわかります。あれだけ大事だったんですものね。今ゆったりしないとたいへんですよ。ゆっくりしてください。そういうあたしもきょうはへとへと。ビールの新規開拓もする気にならないので、きのうと同じ霧雨のようなWidmerのHefeweizenであった。ダブリンのT木さんのおすすめのSmithwicksを買ってきたいし、きょうはマイケルジャクソン(ビール研究家じゃないほうの)DVDが解禁の日だから借りてこようと思ったのに、なんにもできないうちに日が過ぎた。雨だけが救いである。 ネットで遊んでいたらなんと「火星のプリンセス」が映画化と。「アバター」見て、しみじみとあれを、子どもの頃さんざん読んだ、SFというにはあまりに設定がずさんだがじゅうぶんに血湧き肉躍り、おとなになってからはバロウズの「火星のプリンセス」といってもだれにも理解されなくて、え? 裸のランチ? などといわれるばかりで歯がゆい思いをしていたあの名作を思い出していたのである。「アバター」みたあと調べてみたら、青色人じゃなくて赤色人だった。そしてもう一種族、対立しまた友情をかわす相手に緑色人がいたのだ。 数日前はダブリンのT木さんとメール交わしていたがきょうはグラーツのF屋さんと何十年ぶりかにメールを交わした。世界は狭い。ちんぷな感想ながらほんとに狭い。
向こうの山
2010年01月26日(火)
WidmerのHefeweizen(濾過してない小麦ビール)。オレゴン州ポートランドの醸造所のものである。このごろ小麦ビールが好き。以前はけっけっと思ったものだが、Jミーにいろいろすすめられているうちにおいしさがわかってきた。うすい霧雨のなかを絹の傘さしてしとしと歩いていくような飲み心地。檸檬をしぼりいれるといいと書いてあるからやってみた。素敵。散歩に行ったら快晴なので向こうの山がクッキリみえた。まっ白であった。
企業ひみつを少々
2010年01月25日(月)
こないだといってもだいぶ前、T田さんに、翻訳のときなぜ下訳を使うのか、英語はいったいどれだけ読めるんだと聞かれた。ちゃんと答えるひまがなかったので今答える。実は、英語は読める。ときどきおおげさに、あたしは非識字者だの、英語のメールも家人に読んでもらうのいってるけど、実はそれほどできなくはない。その上、あたしがやってきたような翻訳は、むずかしくない英語なので問題なく読める。わからない表現はあるが、調べればわかる。しかしそれ以前に、日本語の詩人として、ぜんたいを日本語で見てみたいという熱烈な希望があった。下訳を娘たちに頼んだときは、なるべくそのまま訳して、と。つまりきちんと日本語にしてしまわずに、英語のマジの逐語訳のほうがよい、と。日本語であるかぎり、どんなにスジのとおらない日本語でも、自動翻訳のようなものでも、イメージがつかめる。ふしぎである。古文読むのも、そんなようなもので、どんなにわかんなくても、ひらがなや漢字が混在してさえおれば(ひらがなだけでも)、なんとなくわかっちゃうのである。つまり娘たちに渡された下訳は、ほとんど日本語の文章としては形になっておらず、もちろんそれをそのまま使ったということは(ほとんど)なく、そこにあたしの日本語がかぶさるわけである。で、それから、作業としては、こまかく自分で読み直す。まずさいしょに英語を(古文のときは古文を)書き写す。その上に日本語をかぶせてタイプしていく。画面の英語から、つるりつるりと皮がむけて、日本語があらわれてくるその瞬間がとても好きだ。きのうはNewcastle Brown Ale これは甘くて軽くて飲みやすくしかし味のあるビール。ときどきHenry'sで安売りするからまとめ買いしてある。味はまるで、かけそばのようだ。一杯500円くらいで食べられるおそば。 つゆは東京風で辛め、そばはあんまり上品すぎず、そば粉そば粉しすぎず、ちゃんとたぐりすすれる。ってそばの話してんじゃないのだ。
日が出た
2010年01月24日(日)
豪雨が止んで日が出た。犬をつれて荒れ地にいったら、植物が両手をひろげて笑っておった。だいたいここの植物は、モンスーン気候の植物にくらべて口の重たい、仏頂面のが多いんだけれども、きょうだけは笑いがとまらないようであった。この前の豪雨がたしか2004年。5年間も水のないのに耐えてきたのだ。笑いたくもなろう。きのこが、木の根もとにもウサギ道にもウサギ穴の周囲にもぼこぼこと出ていた。ジンチョウザクラやアレチマンザニータがもう咲き始めている。向こうの山々は雪である。
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