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       父と孤独死 
        2012年03月14日(水) 
         このごろS村さんの提案でキューネットというのを契約しようかどうしようか考えていた、というのも父がよく転んでおきあがれないからで、そういうときにブザーをおせば、夜中でもすぐ来てくれて起こしてくれるという、そういうシステムだ。でも、父が「まーいい」と。「まだだよ、もうちょっとなんにもできなくなったら頼む」と。しかしもうなんにもできなくなってるように、あたしには思える。「転んで起き上がれなくても2時間くらいすわってればおきあがれるようになる、そのあいだに死んじゃったら、そういうのを孤独死というのかなあと、きょうも考えていた」と。おとうさん、そういうのいわれるとつらいんだけど、とあたしがいうと、「わかってるけどさ」と父はまだいいつづけるのであった。いいたいのはわかるが、心の拷問だった、これは。電話を切ってしばらくしてまたかけて、おとうさん、孤独死というのは死んじゃってそのままだれにも気づかれないことなんじゃないの、おとうさんは、朝と夕方にS村さんたちが来るし、あたしも電話して出ないと大騒ぎしてS村さんに連絡するし、といったのである。というか、いわざるをえなかったのである、いわなくてもいいことなのだし、いわなくてもよかったのだが。 
        
      
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