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伊藤製作所「豆畑支所」
   
 

タケのその後

2012年07月15日(日)

ズンバとヨハネとルカ(山浦玄嗣先生の声)を聞きながら8時間を疾駆して帰った。タケはぼろぼろになっておったがまだ生きていた。あたしのことはちゃんと認めた。しかしクッキーやっても頭ががくがくしてくわえとれない(でも食べたい)のであった。痛み苦しみはない。ときどき何か不快なことがあると、ふうむふうむと言う。行って直してやる。「きのうは頭が下についてうつぶせになっていた、きょうは頭をきちんと上げている」とS子とトメがいった。
一昨日の第一報はトメから入った。S子は職場で動けず、けっきょく夕方までトメがひとりで世話をした。トメはよくやった。冷静にあたしたちに連絡し、冷静に対処した。
一昨日、電話でS子と話していたときには、S子ですら安楽死の可能性を言っていた。そうとう悪かったにちがいない。しかし昨日は落ち着いた。路上でトメとS子からつづけて「Take ga」云々というメールが入り、疾駆中なので読めなかったので「すわ」と思っていたが、渋滞にひっかかったときに見てみたら「Tateta」「Aruketa」ということであった(携帯メールなのでローマ字なのだ)。道々、安楽死の可能性を考えた。家に来てもらう巡回獣医というのがいるらしい。それを昔、友人に教えられた。しかし想像すればするほど、辛すぎるなあと思っていた。そういう形でタケの「生きたい」命を終わらせることが。
今朝見てみると、自力で歩けるという状態ではない。S子がタオルで吊りあげ、あたしが頭を補佐して、なんとか外に出るという感じ、帰りはS子が(まるでニコを抱きかかえるみたいに)抱きあげて連れ戻した。わりとリラックスして抱かれていた。おばさん犬のころは重たかったし、抱かれるのいやがったし、こうはいかなかっただろう。老いで、いろんなことが可能になる。ごはんをやったらがつがつ食べたが、きちんと頭をコントロールできないので食べこぼしがいっぱいある。夜はあたしの部屋で寝たきり垂れながし、昼は居間でみんなにみつめられておる。
ゆうべ、つれあいとS子とあたしとで、どうするか相談した。まだ安楽死の段階ではないと意見は一致しておる。あと数日であたしは日本だ。「おかあさんがいないときに、自分が決断を下さなければならない、というのがいやだ」とS子がいった。「そのときはおれがやってやる、ちゃんとサポートする」とつれあいがいった。こういうとき、犬嫌いのはずのつれあいが、あたしらとほぼ意見を一にして、いっしょに考えてくれてるのが驚きでもあった。一昨日は、トメひとりだったとき、仕事場から出てきてずっとタケの頭を撫でていたという。これも驚きだった。とにかく憎たらしいくらいの犬嫌いであったのだ。

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