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伊藤製作所「豆畑支所」
   
 

涼しくなった

2010年09月30日(木)

涼しくなった。ほっとした。やり切れないほどの暑さであった。ここは海岸沿いなので、そこまで暑くならないはずだ。それが96度とは前代未聞、とジュラ紀からここに住んでいるつれあいが、すごく涼しくて雨ばかりのシアトルかどこかの旅から帰ってきて言っていた。今朝は犬どもの定期検診、タケはこのごろ加齢で腰が砕けるし、ノミアレルギーですさまじい皮膚の状態なので、ステロイドとかなんとかとセンティネルとかなんとかのなんとかで、それとニコの血液検査とインターなんとかがなんとかで、500ドル。タケはほんとに獣医がきらいで(でも先生や看護婦さんは、最初は吠えるが嫌いではない)、あわれに泣いておろおろして、ニコの落ち着き払ったようすとは大違いである。

くそ暑い

2010年09月28日(火)

くそ暑い。96度ある。華氏ですが。日本円、じゃなかった、摂氏に直したら36度くらい。夏の熊本じゃん。今年は東京もこうだったと聞いた。しかもいつもの熱波ほど乾燥してない。なんとなくじめーっとしている。日本にいたときは、33度とかでやたら湿気ていて、カリフォルニアにさえ帰れば涼しくなると思って堪えていたのに、これでは帰ってきた甲斐がないではないか。

熱波と犬と日本行き

2010年09月27日(月)

熱波が来ておる。サンタアナだと思う。暑すぎて、散歩にも行けない。日が沈みかけた頃にようやくサッカーしにいったら(まちかねたあああ、まちかねたあああとタケは車の中で、公園に着くまで、さわいでいるのであった)いつものパピヨンやいつものピットブルが散歩しているのに出会った。10月の日本行きについて旅行会社の人と相談しているが、泣きたいくらい高い。でも今回は父の米寿なので帰らないわけにはいかないのである。

タケのおフロ

2010年09月26日(日)

今日は朝から夏のような陽気なので、午後イチにタケを洗ったところ、ニコ以上にノミだらけであった。ここのところのニオイは加齢臭じゃなくて、ノミにかまれたところをかきむしって皮膚が剥けてじゅくじゅくしていたニオイだったのであった。それでいつもより丹念に洗い、フロントラインをつけて、アレルギー止めを飲ませ、毛布その他を洗った。タケのえさの周囲にありんこがたかっているので、天花粉をまいた(効く)。ノミやアリを相手に格闘するのはむなしいのであるが、これも殺生。きのうめずらしくお経と漫画以外の本を、東京の三省堂に宗教関係書を買い出しに行って衝動買いしてきたやつを読んだ。「戦争における人殺しの心理学」というのである。

ニコのおフロと空港植物と手抜き丼のレシピ

2010年09月25日(土)

タケがやたらと臭い(犬のニオイだけじゃなくて加齢臭のような気がする)ので今週末に洗おうと思っていた矢先、ニコの体にノミを発見、台所で緊急洗濯を行ったら、取れたの取れないのってものすごい量のノミが。あたしがかまれてない(よう)なのが不思議なくらい。ニコ用のマットやクッションも洗いつくした。しかしこうまで唯々諾々とすみずみまで洗われる犬という存在、その生き方にも疑問を覚える。つれあいがシアトルかどこかに講演かなにかにいき、入れ違いにトメが学校のキャンプから帰って来た。つれあいはペースメーカー装着証明のカードをもってるのでセキュリティの機械はとおらなかったが、そのかわりにぺたぺたと触られていた。彼は大腿骨がメタルなので、セキュリティを通ってもやはりぺたぺた触られる運命なのである。サンディエゴ空港第一ターミナルの植物は、大鉢に入ったプロフェッショナルなカシワバフィカスとクロトンであったが、へんなところにシェフレラが非プロフェッショナルな中鉢に入れられて置いてあった。これは契約園芸屋の関知するところではないと見た。きょうはつれあいがいない上に1週間キャンプ食で生きてきたトメがごはんがたべたいというので、手抜き卵アボカド丼。ちょーーーーかんたんでNちゃんにきいてもらいたいほどの出来であった。ここで言おう。両面焼き、中はレア生の卵にポン酢をかけておく。どんぶりに炊きたて白ご飯、そこに卵と熟れたアボカドをざっくりとのっける。

LAX空港

2010年09月24日(金)

なんかなんにもやる気がしない。行ったり来たりのたびにこうだ。犬どもにみつめられながら何もせずにぼーっとしている。漫画も主要なのは置いて来ちゃったから読みたくとも読めない。きのう入国審査のとき、審査官は中公のM浦さんみたいな若い人で、頻繁な出入りをうたがってしつこくとどめたわりには、あっけらかんとして、こっちを人間的に扱ってくれ、親切でナイスであった。LAの空港のUAのターミナルの植物は、園芸屋と契約しているのではなく、適当に植物好きな職員が世話しているといった風情である、というかきっとそうだ。年間数百ドルしか予算を割り当てていないにちがいない。ドラセナ、スパシフィラム、ベンジャミン、タニワタリといった丈夫で安価なものばかりだし、みんなほこりかぶっているし、プラ鉢のままのが多いし、プラ受け皿は安っぽいし、使ってある陶鉢も、一個あたり20〜50ドルの安物だし、じょうろが置きっぱなしにしてあるし。せめてスプリンクラー装着して、ときどきシャワーしてやるとか、置き方を工夫してもっと間に下生え的なものを置くとか(あたしの好みではベゴニアかトラデスカンチャかプレクトランサスだな。強くて安い)、見せ方も育て方も、もっと工夫すればいいのにと毎回思う。

カリフォルニア

2010年09月23日(木)

カリフォルニア。くそ暑い東京を汗をかきながら渡り歩いていた。立教大学のN田さん、T沼さん、M田さん、そしてK池さん、T本さん、ありがとうございました。ユマニテにきてくださったみなさん、ありがとうございました。荷物が多すぎて、成田でつめなおして二つにわけたが、わけたことをすっかり忘れてLAXにおきっぱなし。コンピュータのチャージャーがないのでM子んちに忘れてないかと電話したら、「緑のバッグにはいってんじゃないの」といわれ、「なにそれ?」といいかけて、気づいた。バカである。中身はチャージャー(大切)と服と汚れ物。お相撲さんの四股名がむちゃくちゃなことがすごく気になる。豊真将とか。琴欧州とか。湯桶読みが気になるのかも。白鵬とかはいいのだ、納得できる。そして非日本語スピーカーの生まれのお相撲さんたちの日本語のうまさも気になる。つまり熊本で父といっしょにお相撲をみていたのである。

どっどどどどうどと20日の予定

2010年09月19日(日)

カシタンは俗にマロニエといい(俗っつーかフランス語だ)英語ではウマグリといい、ポーランド語ではカシタンと呼んでいたのだ。もしかしたら、どどっどどどうど、賢治に出てくる栃団子を作るトチの実とはコレではないかと気がついたのは、むかし、ワルシャワでぽたぽた落ちてくるのを必死で拾っていたときだ。拾わざるをえなくなるのだ、その実を見ていると。あの頃はwikiはなかったが、本やなにかで調べた。そしたらたしかにそうであった。食べられないと書いてあるものもあったが、じつは食べられる。ただドングリのような手間のかかるプロセスが必要なのである。で、水につけて食用にしてみようと試みたが、めんどくさくなってやめた記憶もある。ここの公園に生えているのはワルシャワのあのカシタンとちがって、実(というか、クリ状の実をつつんでいるぶ厚い果実のようなもの)にとげがない。カシタンやマロニエはセイヨウトチノキであって、これは日本産のトチノキである。トチノキは、賢治も書いてるくらいだから、もう少し北の土地の産のようだ。ここでは葉っぱがすっかり日焼けして痛々しい。
20日は立教大学で「河原荒草」について話し、K池さんと対談します。くわしくはこのサイトのHOMEへ。
21日は「詩人の聲」第534回京橋の東京ユマニテにて。くわしくはやはりHOMEへ。
おいでをおまちしています。

随兵寒合、どこが

2010年09月18日(土)

熊本です。暑い、暑い、暑い、暑い。夜は涼しいが、今日の夜はまたすごく蒸し暑い。でも熊本の人はみんな涼しくなりましたという。随兵寒合(ずいびょうがんや)というのは、暑さ寒さも彼岸までと同じ使い方をする熊本だけの言い回しだ。随兵とは「藤崎宮秋の例大祭」の随兵行列のこと。近所の公園にカシタンの木がいっぱい生えていて今いっぱい実が落ちている。それを毎朝散歩にいって拾ってくるのでいっぱいたまった。この公園にはどんぐりもたくさんあるが、カシタンのほうが大きく鮮やかな色なので拾いがいがある。というか拾わねばならぬような気がして必死に拾ってしまうのである。

謹賀新年

2010年09月11日(土)

つれあいによると、きのう、といってもこのページは日本時間に設定してあるのでいつも一日ズレている。きのうというのはアメリカでいったら9月9日のことだが、ユダヤ暦の新年だったそうだ。wikiで調べたらRosh Hashanah ロシュハシャナーにはツィメスというものを食べるそうだ。それできょうは(もうすぐ出発で料理がめんどくさいこともあり)ジューイッシュレストランにいって新年のおごちそうを、と思ったが、いつもと同じメニューしかなかった。ツィメスもなかった。ジューイッシュ料理は好きじゃないけど、ポーランド料理とよく似ているのでなつかしい。K子とS子がたまたま昨日かれらの町でジューイッシュレストランにいったら(かれらにとっては東欧料理が第2のソウルフード)いつもとちがう、蜂蜜とりんごがなんとかという料理があったそうだ。すわツィメスかとわくわくしたが、つれあいによると、それはツィメスじゃないそうで、きょう行った店も「ジューイッシュレストラン」とは言えず「ただのNY風デリカテッセン」だったそうだ。あたしは肉ときのこ入りのブリンチェスを食べたが(クレープのようなもの)胃にもたれておる。新年のビールはきのう買ったKarl StraussのOctoberfest。とてもうまいのに安売りであった。

石牟礼さんの絵はがき第2弾完成

2010年09月10日(金)

熊本文学隊でつくっている石牟礼道子さん自筆の絵はがき第2弾ができた。絵はがき分隊E口さんががんばった。こんどのは「山芍薬」である。第1弾めは「子ねこ」であった。「子ねこ」はこんなのだ。「えんぴつで描かれているのは、丸まって眠っている生後2か月になったかならぬかの子猫である。ねっからの猫好きの石牟礼さんが、今は猫を飼っておられぬ。だからこそ、思い出のなかの猫の毛並みや体温が伝わってくる、繊細でやわらかで、そしてあたたかい絵なのである」(文学隊隊長日誌より)。で、今回のは山シャクヤクを手に持ったクラシックな童女の絵、石牟礼さんは何を思って描かれたのか、「みっちん」本人のようでもあり、「おもかさま」のこどもの頃のようでもある。静けさと激しさと夢みる楽しさともの狂おしさが、同居している童女である。一枚一枚ていねいにビニール袋に入れてある。一枚150円。熊本新市街のOrangeか京都の古本屋カライモブックスで売っている。熊本と京都以外で欲しい人は……熊本文学隊のHPにお問い合わせください。

仏教徒

2010年09月09日(木)

フロリダのどこかでコーランの焚書という暴挙が起こりかけているようだが、それに抗議して、各宗教界の指導者たちが集まったか集まるかした、というニュースを読んだ。キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、ユダヤ教の各指導者たちだそうだ。仏教が入ってないのはどういうわけだろう。仏教徒としては(とりあえずそう名乗っている、みんな笑うけど)のけ者にされた感じ。

人の情けと乳酸菌と緑のおっぱい

2010年09月08日(水)

今度はM子さんに助けられていた。常用字解を何度もこぴーしてすきゃんしててんぷしてもらったのだ。ほんとにありがたい。きのうはKしさんも交えて、Zionで買ってきた最上級のカルビ(と、それをすすめてくれた買い物客が言っていた)を焼いて食べたが、レアで食べ過ぎたか(あたしはほとんど生なのが好き、といってもふだんはろくに肉を食べないのである)キムチを食べ過ぎたかで、きょうはずっとお腹の調子が悪かった。キムチに関しては、じっさいこないだZionにいってからというもの、間断なく朝に昼に夜に食べつづけていたのだ。それでお腹の中が乳酸菌発酵でぶくぶく泡立ってるような気がしていた(数年前の秋、Miranというイタリア最北端の小さい町に朗読に行ったとき、モストという発酵中のワインをぐびぐび飲んだ。ほとんどぶどうジュース味だったのでぐびぐび。腸内でどんどん発酵するのだ、と同行したT和田さんがいってた。あんな感じであった)。しかしもしかしたらこれはたんにしめきりのストレスだったかもしれない。しめきりのときはいつもこうなる。あるいは口内炎ができる。フラフープのやり過ぎでふとももの内側が痛い。もしかしたらこれもストレスだったのかも。「良いおっぱい悪いおっぱい完全版」がとどいた。

フラフープの夢

2010年09月07日(火)

フラフープをトメにおそわってるがなかなかできないという夢を見たので、起きてすぐトメにフラフープを持ってこさせ(洗濯機置き場の隅でほこりをかぶっておった)やってみたらやっぱりできなかったし、トメはできた。でも何回もやってるうちに少しだけできるようになったが、タケ相手のサッカーよりずっと早く息が上がった。こないだZionで買ってきた冷麺を作ろうとしたらぜんぶハングルで作り方が解らず、てきとうに作ってみたのだが、冷麺は冷麺でも思っていた冷麺とは違っていたのである。売り場でもぜんぶハングルだったからてきとうに選んできたのである。こんどは別のを買ってきてためしてみる。つれあいのお弟子さんのようなKしさん(日本人)が北海道からフィレンツェを経て来訪した。

新刊「おっぱい完全版」と白骨とキムチ

2010年09月06日(月)

かくの忘れてた、新刊が出ました(ここのHOMEにも管理人さんに頼んで出してもらいました)。「良いおっぱい悪いおっぱい完全版」中公文庫。前にも集英社文庫になってるが、今回は必死で書き直して書き足して、今の自分でもどうどうと「あたしの本です」といえるようになった。中公のM浦さんが企画し、ターミネーター計画なんてのを考え、ノセてくれたおかげである。とりかかる前は書き直しなんてできるのかと不安であったが、やりおえてみたら、やってよかったと素直に思える。ゆうべ、いや2日前? 「白骨」について考えていて、どうしても白川静からの引用がほしくて、手元にないのでいろいろと手段を考えたあげく(頼りになるO川さんは忌中なので遠慮して、Y坂さんは週末で連絡がつかなかった)、A上番頭さんにメールしたら、「字統」なら大学にあるというので、借りてきてもらってすきゃんして添付してもらって無事手元に。どんなに助かったかしれませぬ。「字統を持っている」だけではだめで(I牟礼さんちにあるのは知っている。J野教授のとこにあるのも知っている)かつ「ハイテク」な人でないと、こぴーしてすきゃんしててんぷして、まではできないのである。今うちのFAX機がこわれたままなので、すきゃんして以下が必要になるのであった。きょうはザイオンという韓国食品マーケット(ザイオンとは英語読みでシオンという意味。すごく宗教的な名前だ。日本食品屋はミツワとニジヤなのに)にいき、このごろはまっていたキムチをどっさり仕入れてきた。乳酸菌発酵の味に酔いしれておる。

人が生きて死ぬ

2010年09月05日(日)

きのう、O川さんのお義父上が93で亡くなったというメールが。暑さで入院されて心臓機能低下でということだった。こないだは水も飲めないので管で補給しておられたのだ。お義母上は施設にはいっておられる。お悔やみのメールを書きながら、人が死ぬということについていろいろと考えた。こないだO野さんから漫画送ってもらった(お、これは宣伝になるから実名出しちゃおう。長崎のペコロス岡野ゆういちさんだ。高齢者漫画、介護漫画を描いてるのだが、すごくいいのだ。数年前に長崎の図書館に万事OKにいったとき、会場に岡野さんの漫画が展示してあってすごく気に入った。それ以来のつきあいだ)。そのときもいろいろ考えた。その漫画についてY田さんとメールやりとりしたときにも考えた。Y坂さんがお寺にあるような巻物をいっぱい送ってくれた。それを読みながらまたつらつら考えている。ゆうべはみんなで「UP」を見て、またそのようなことを考えた。
以下は夢。ドイツ語圏の片田舎に友人がいて(そこここに書いてある標識がドイツ語)、小さい広場の前の家がお祖母さん(故人)の家でそこに住んでいるといって家の中に入って、別件であたしはS田H巳さん似の人が主治医で虫さされなどを診てもらっていて、ドラゴンの扱い方などを習って、それはそういう映画を見ていたのかもしれなくて、そこにあの友人もリンクして、人が死んだり、死ななかったりして、あの友人のお祖母さんの家の前から石畳の細道をずっと歩いていくと、商店街にみえない商店街があり、小さな橋をとおって、小さな停車場を過ぎて、バラ科落葉高木の白い花が満開になって風に吹かれていくところを通ったのだ。書いてるそばから現実的じゃなくなっていくが夢の中ではやたらに現実味をおびていた、何もかも。

お経と漫画と父の危機

2010年09月03日(金)

父が危機でいろいろと。気をもむしいろんな思いにさいなまれるしむかつくし悲しいし平常心ではいられないし。ヘルパーさんたち、とくに主任のS村さんにはほんとうに感謝している。「青春少年マガジン」を読み返していて、ふとネットで小林まことを検索しているうちになんと長谷川伸シリーズというのを描いているのを知った。さっそく注文した「関の弥太っぺ」。ここんとこなんとなくスラダン読み返していたし、現実的には、気楽になりたいときにはやっぱりお経じゃなくて漫画なのである。いいのかこんなことで。

老人虐待が「あっている」

2010年09月01日(水)

番頭さんから28日の橙大学「芥川」は大盛況かつ新しい人たちと何人も知り合ったという報告が。よかった。きのうは飛行機代がバカ高いのと諸般の事情で落ち込んでいたのとで、なんにもしないで、お風呂に浸かって頭あらって漫画読んで(スラムダンクを引っ張り出してきた、読む、なんていう行為ではなく、確認する、に近い)寝てしまった。父にも電話しなかった。父に電話してその対応があまりに演技的なんじゃないかと疑ってひどく落ち込むのはここのところの悪循環なので、それをS子にぐちったら、たまには電話しないといいんだよ、おじいちゃんもしゃべりたくないときもあるのかもしれないよといわれて、そのとーりと思って電話しなかった。世間では、老人の虐待や百数十歳の老人や、似たり寄ったりの事件がいろいろとあっている(熊本弁)。この「あっている」という言い方を使いはじめたのはほんの15年ほど前のはずなのに、使い慣れてしまうと、そのことばのなかったとき、どうやって、「ここではないそこで、継続的に行われている(催されている)」という意味をあらわしていたのかフシギに思う。

   
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