毎日、告訴するって言われても
2005年01月25日(火)
年明けから毎日、手を変え品を変えて架空請求のメールが来ます。メルアドが「Kokuso」になっていたりして人を脅そうとする雰囲気がありあり。本文も読まずに消去していますが、気持ちのいいものではありません。
以前はエッチページの迷惑メールが多かったのですが、こっちはまだ苦笑いしながら、消去できましたが、「告訴」は穏やかじゃない。それに、うっかりクリックすると、それだけで、こちらの情報が流れ出してしまうのも不愉快です。毎日、告訴するって言われてもなあ。ああ鬱陶しい。
うつぼを食す
2005年01月24日(月)
東京湾アクアラインのパーキングエリア「海蛍」でうつぼの干物を見つけました。館山の相浜産です。うつぼを食べる習慣があるのは紀州の一部と房州の相浜とは聞いていましたが、見つけたのは初めてです。
土佐の高知を旅行したときにも、うつぼ料理の看板を高知市内で見ました。タクシーの運転手さんに「昔から食べているのかしら?」と聞いてみましたが、「最近だね」という答えでした。もっとも、住んでいる村が違うと食習慣が違うということがありますから、昔から食べていなかったということに、必ずなるわけでもなさそうです。広く知られてようになったのは最近ということでしょう。黒潮の流れにそって伝わった食習慣が隣りの村には伝わらないということもあるのです。
うつぼ。食べてみました。なかなか濃厚な味。食べられるのは冬の間の脂が乗っている時期だけだそうです。かわはぎの味にぷりぷりとした食感を加えたような味でした。この干物を鍋物などに使うこともあるのだそうです。しかし、細く切らなければいけないのですが(1センチ幅)これがなかなか骨が折れました。特に皮がつるつるして切りにくいのです。よほど切れ味の良い包丁がなければ、この仕事は難儀。
豆畑の友記念日
2005年01月23日(日)
1月22日は「豆畑の友記念日」でした。思い起こせば一年前、ここの管理人のながしろばんりさんが見本のホームページを作ってきたのでした。旧「豆畑の友」がそれです。以前からホームページをご覧いただいている皆さんは引越し前の素朴なページをご存知と思います。
トピックス欄の写真はそのときに、ながしろばんりさんが携帯電話のカメラ機能を使って撮影したものでした。その記念日を目前にした18日になぜかネット接続もメールの送受信もできなくなってしまいました。プロバイダー側のミスと解るまでに2日間、プロバイダー側のミスを解ってからまた2日間が復旧までに必要でした。やれやれ。
なにはともあれ「豆畑の友」は旧バージョンから数えて一年目を迎えました。当初の計画の半分もまだ進んでいませんが、これからもどうぞよろしくお願いします。
宝石になるはずの傷
2005年01月17日(月)
昨日のこころの傷が宝石になる話の続きです。もう30年も前ですが、文学の世界でだ傷はみんな作品になるみたいな雰囲気があって、これが嫌だった。長い大事にして宝石になっているならいいんだけど、なまなましく血が流れているみたいな傷まで、作品になるって言われてもねえ、困ってしまう。
で、そのうちに心理学や精神分析学がはやりだして、今度は「傷」はみんな治療対象になっちゃって、これも嫌だった。治せばいいってもんでもないでしょう。例えば盆栽や庭園の木が全部、まっすぐにすくすく育った木で曲がりもなければ、瘤もない木だったらぜんぜんつまらないわけで。
まあ、そんな感じだったんです。傷を宝石にする魔法を忘れたら芝居だって文芸だって、おもしろくなくなっちゃうってことです。
刺青奇遇(いれずみちょうはん)
2005年01月16日(日)
また「かの字」の話です。勘九郎日記でお父さんの勘三郎が亡くなったときの感想で次のようなものがありました。
「普通の人なら忘れてしまいたい心の傷を、まるで宝石のようにたくさん抱えて生きてきたから、演技がほかの人より光ったのだと思う」
ああ、そうだ。そうだ。と思わず頷きたくなったのは文学にも普通なら忘れてしまえばいい心の傷が、まるで宝石のようになるところがあって、それが好きで本を読むのが楽しかったのを思い出したからです。
災害はあるたびに「心の傷のケア」と言われます。それはそれで結構なのですが、心の傷を宝石にするような感覚がちょっとなくなってしまっているのが残念です。
勘九郎の芝居でまた見たいぜひ見たいと思うのが長谷川伸の「刺青奇遇」です。とくに幕切れで、やくざにぼこぼこに殴られた主人公が舞台中央でのびている場面は忘れがたいものがあります。背景にはほのぼのと明けて行く春の空があって、風はまだ冬の名残で冷たい。主人公の肌にそういう冷たい風が吹き付けるのがわかるような幕切れです。この幕切れにはカーテンコールは必要なくて、ただ、幕が下がってもまだ、背景の春の空が見ていたこちらにまとわり付いてくるような感じがあるのが好きです。
長谷川伸と言えば「瞼の母」というくらいに、「瞼の母」が有名ですが、「瞼の母」よりも「刺青奇遇」のほうが現代の観客向きなのではないでしょうか?
舞台中央で主人公がのびて幕切れになる芝居では「研辰の打たれ」もそういう終わり方をします。こちらのほうは研辰という人物がどこかぜんまい仕掛けの人形みたいなところがあるせいか、カーテンコールがあったらいいなあと思います。私が見た時は、最後にひとひら葉っぱが落ちてきました。これが偶然なのか演出なのかわかりません。芝居では時々、そういう偶然もあります。で、今度の勘三郎襲名披露では「研辰の打たれ」を再演するそうですから、ぜひ、最後のところで葉っぱが落ちてくるかどうかを確かめたいと思います。
同じ役者が同じスタイルの幕切れを演じても、カーテンコールが欲しい芝居とカーテンコールはないほうがいい芝居があります。見ているほうが、主人公に感情移入してしまう芝居はカーテンコールが必要ないし、役者の演技を楽しむ芝居は、どうしたって最後に役者さんそのものを見たいという気持ちになります。そらから考えてみると、野田秀樹さん(「研辰の打たれ」の演出家)の芝居はカーテンコールのある西洋演劇に自然と近づいているということになるのでしょうか。
今度は青森から雪のたよりです
2005年01月14日(金)
青森のめだかの学校の事務局から雪の様子を知らせていただきました。以下コピーです。
「ようやく降雪も落ち着きを見せはじめましたが油断はなりません。昨夕、用事のための目的地まで、普段ならクルマで20分ほどのところ、2時間かかりました。 青森市街地のほぼすべての道路が渋滞で、「逃げ場を失った」とでも申ましょうか、断面がU字になった、たとえればスノーボード競技場のようになった道路をクルマがすれ違おうとするのですから冷や汗ものです。」
街じゅうがスノーボードの競技場みたいというのも凄いです。2001年の豪雪の時に青森にいたのですが、冬型の気圧配置がゆるんで少し暖かくなると、今度は雪が溶け出して、坂道は滝みたいになっていました。
青森の皆さん、そして雪の多い地方の皆さん、どうぞお怪我などなさいませんように
カルフォルニアの雨
2005年01月13日(木)
詩人の伊藤比呂美さんがカルフォルニアの雨について知らせてくれました。以下、メールのコピーです。
「けさは、もう朝からまっ青なカリフォルニアのおてんきです。
でも年末からきのうまで大雨の長雨で、すごくす・て・きだった。何もかも濡れていて寒くて。 植物はやたらにのびさかって。 ロンドンから来た人はロンドンみたいだというし、ハンブルクから来た人は(多和田さん)ハンブルクみたいだというし、とにかくカリフォルニアみたいじゃなくてと・て・もよかった(わたしはカリフォルニアの青い空と乾いた空気と咲き誇る四季なしの花が大嫌い)
ところが、きのう、長雨がたたって、うちのバルコニーが落ちました。 もともと腐っていたのがさらに腐って、しかも濡れ落ち葉がたまって重たくなってついに。。。。
このあたりでのいちばんの大被害だと思う(あとはあちこちで浸水冠水して道路が封鎖になったくらい)直前まで下にいたのであやういところだった。加州大雨で邦人大けが、なんて新聞にのるところだった。」
大晦日から降っていたとすると10日間も雨降りだんたんですね。もうそんな冬の長雨なんて、耐えられない。アメリカは夏にフロリダを何度も台風に襲われて、今度はカルフョルニアで低気圧が居座っているのですね。こういうお天気を楽しんじゃう伊藤さんっておもしろいです。低気圧が居座るのは北極からの寒気が強いせいだそうですが、同じ寒気が日本の北海道や東北には豪雪をもたらしています。
荒れる成人式?
2005年01月12日(水)
スタッフルームで成人式のことが話題となっています。報道では今年の成人式は全体に穏やかになったということですが、実際はちょっと荒れていたなというところも結構あったようです。またたくさんの警官を動員してあれないように防いだという地域もあったとのことでした。青森や沖縄ではまた逮捕者が出るという騒ぎもあったそうです。
ところでこの荒れる成人式は、成人した人々が子どもっぽいからこんなになるんだという論調が主流ですが、私は去年あたりから首をかしげています。と言うのも高校を卒業した人の就職率がたいへん低い時期が続いていたからです。昨年はやや改善したというものの、決して楽観できる数字ではありませんでした。
荒れるには荒れる新たな理由があるのではないでしょうか?どうも報道は紋切り型がひとつできると、事態が変化していても、その変化を追うことが少ないように思えます。成人式でばか騒ぎをした人の話を聞いてみたい気がします。成人式だけではなく、日ごろの生活や考えていることなども聞いてみたいです。高校の卒業生の半分が大学に進学する時代に就職難に出会うというのは、どんな感情を呼び覚ますのでしょうか?
勘九郎日記 かの字
2005年01月11日(火)
今年も年賀状書きが間にあわなくて、またまた「寒中見舞い」を書いています。たくさん書くと、だんだん退屈になってきて「勘九郎日記 かの字」(集英社)を読んでいました。
なぜだか解らないのだけれども、勘九郎の聞き書きを読んでいると、いつも、私は昔の家の中を思い出します。いろんな人が尋ねてきたり、どういう関係がわからないけれども、おもしろい人が住んでいたりした昔の家の雰囲気です。お線香の匂いと出汁の匂いと、それにお正月だと燗をしたお酒の匂いなんかもした古い家のことです。語り口がそういうものを思い出させるのでしょうか?人が怒ったり泣いたり癇癪をおこしたりする感じがすごくそういうものを思い出させます。
初舞台を「昔話桃太郎」で踏んで以来の様々な思い出の中には父勘三郎が怒る場面もあれば、どのの家でもありそうな親子げんかの話もあり、お母さんとの意地の張り合いもありで、それらの話が思い出という「優しさ」に包まれているところが「かの字」の良いところです。親子兄弟がぶつかり合って「傷」ができるのではなくて新しい「芸」ができて行くところが爽快です。
孫の成人式
2005年01月10日(月)
「今日は孫の成人式」 朝、ゴミを出しに行くエレベーターの中でうれしそうな顔でそう言うおばあちゃんに会いました。おばあちゃんと言っても、この方、いつも多少流行を取り入れたすてきなファッションを見せてくれるので、あまり「おあばちゃん」という気はしません。
成人式で「おめでとうございます」を言うにしてもおばあちゃんに言うのが、一番晴れがましい感じがします。「それはおめでとうございます」と言ったとたんに相手の方の笑顔で、言葉がぴかぴか輝くような感じがします。エレベーターが一階につくと、今日は着物を着るというお孫さんのためにおばあちゃんは猛烈ダッシュで駐車場まで走って行きました。そのブーツ姿がちょっとカッコイイ。
お祝い事って、祝ってもらう人だけのものではないのですね。祝うほうもちょっと幸福になるというのがお祝い事なのではないでしょうか。お孫さんの成人式までお元気でいられたのは何よりです。おばあちゃん、おめでとう。
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