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『リナ』の日本語版が刊行されるにあたって
2011年12月15日(木)14時21分
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リナ

『リナ』の日本語版が刊行されるにあたって
姜英淑

 こんにちは。中沢けいさんのご紹介で、日本の読者のみなさんに改めてごあいさつすることができて、とても嬉しく思います。私はソウルに住みながら小説を書いている姜英淑です。このたび日本で、私の長編小説『リナ』が刊行されたことを機に、十日間東京に滞在しています。
 2007年には東京大学から近いゲストハウスで6ヶ月間過ごしましたが、今回もそこからそう遠くない古い旅館を宿に決めました。来月から新しく長編小説を連載しなければならないのですが、ノートパソコンさえ持ってきませんでした。ただぼうっと道を歩きながら、頭に浮かんでくる考えに耳を傾けてみよう、心の中に響く音に耳を傾けてみようという思いで、東京のあちこちを歩き回りました。
 今週の火曜日には、久しぶりに中沢けいさんにお会いして、いろんな面白い話をしました。彼女は私に、新しく構想している小説の話を聞かせてくれたのですが、思わず嫉妬をしてしまうほど、これから書かれていくはずの小説が魅力的に感じられました。作家には誰でもこのような瞬間があるのでしょう。
 私が『リナ』を構想していた頃、韓国ではいわゆるコシアン(Kosian)と呼ばれる、韓国人とアジア人の間で生まれた子供、あるいはアジアから移住してきた労働者たちの子供を指す言葉が使われ始めました。また、それはいわゆる脱北者や「セト民(ミン)」と称される、北朝鮮から離脱した住民たちが増え始めた時期でもあります。しかし、先にお話しますと『リナ』は脱北者たちの脱北の経路をなぞりながら描いたルポというジャンルの小説ではないのです。私があるきっかけで脱北した少女二人に偶然出会った際、一人目の少女は自分のライフストーリーについて一言もしゃべろうとしませんでした。ところが、もう一方の少女はまるで女優のように、自分が脱北少女を代表する女優にでもなったかのように、私が訊きたいと思っていることをみずから予想して、一所懸命に話を聞かせてくれたのです。しかし、その話はほとんどの人たちに予想がつく程度のものでした。
 私としては、最初に会った脱北少女とともに過ごした時間の方に、小説についてより多くの想像力をかき立てられました。生きるために国境を越える人々の物語、そうすることが現代ではふつうの生き方になっているという事態、女性の成長史、あるいは私自身の成長史、身体と災害の問題、発展と富の問題など、たくさん語るべきことがあるとわかりました。しかし、実は小説を書いている時は、この小説がどういう結果をもたらすかについては一度も考えなかったのです。ただ毎日書き続け、主人公のリナとともに放浪して、生きるために毎日嘘をついて、毎日国境を越えました。小説が終わりかけた頃、私はひどい筋肉痛に、全身が震えて布団で身を包んでいなければならないほどの妙な痛みに悩まされました。
 しかし、この小説はただ深刻なだけの物語ではありません。今回日本で出版される際に、残念ながら「エピグラフ」が省かれてしまいました。私は次のような短い文章でリナを紹介し、これを「エピグラフ」の代わりにしてもらいました。

  リナは二つの月を持っています。
  ひとつの月はたとえ血を流すとしても
  もうひとつの月はあまりにもスペクトルが様々で
  どうも心まで知ることができません。

 リナは生きるため、売られないようにするため、積極的に自分の話を作り出します。それが本当かどうかは重要ではありません。作り話で、歌で、自分を作り出すリナを見ていると思わず笑みがこぼれてしまいます。リナは嘘もつくし、殺人さえ犯します。もしかすると私はリナのその普遍的な生命力について語りたかったのかもしれません。脱北者たちの難しい決断について、その厳しい道のりについて私が語ることは、本当はふさわしいことではありません。この小説はおそらくアレゴリーなのです。私たちが生きている現実に対する断片的な隠喩のようなものかもしれません。これはただ、リナの話であり、私自身の話です。
 中沢けいさんのホームページに再び言葉を寄せられるのを楽しみにしていましたが、チャンスが早くも訪れ、とても嬉しく思います。日本の読者のみなさんもいつも健やかに、毎日を楽しくお過ごしください。

2011.12.8 東京にて 姜英淑
(翻訳う・すんみ 早稲田大学院現代文芸コース在学中)



 ウ・スンミさん迅速で丁寧な翻訳どうもありがとうございました。またお目にかかれるのを楽しみにしています。(中沢けい)

   
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