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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

やわらかい言葉がほしいなぁ。

2011年02月16日(水)

 ゲマインシャフトとゲゼルシャフトというドイツ語を30年前の大学の教室で教わりました。大学の1年生でした。へえ、そんな単語があるんだ、そんな単語で世の中の移り変わりを説明するんだと感心。ゲマインシャフトは日本語に訳せば共同体で、血縁、地縁、それから友情などで繋がっている集団。ゲゼルシャフトは利害関係、協同関係などで繋がっている集団。日本語の訳としては共同体もしくは協同体を使うこともあるのですが、社会という訳を当てる場合もあるらしいです。

 英語だとゲマインシャフトの共同体はコミュニティ。ゲゼルシャフトの社会はソサエティということになるらしい。共同体は家族、村落、親睦団体、などがそれに当たり、社会のほうは学校、会社、目的を持った組織などの集団をさすと、たぶん、30年前に教えてもらったことを思い出しながら、説明するとそんなことになります。今の日本語では社会という言葉は、ゲゼルシャフトよりずっと意味を広げて使っているので、少しヘンな気のする人もいるかなと言う気がしますが、共同体との区別のために意味を狭めて使っているのだと思ってください。

 それで30年前の大学の階段教室で教えてもらったことと言えば、世の中は共同体から社会へと変化して行くということでした。さて、ここからは私の考えたこと。共同体は感情の繋がりで出来ているからうっとうしい。社会は目的を持った繋がりで出来ているからすっきりしていて、素敵だ! 家族から離れて東京で一人暮らしを始めたばかりでしたから、なおさら、そう思いました。人目がうるさい田舎より(ゲマインシャフト)東京(ゲゼルシャフト)のほうがずっと生きやすいやって。

 教室に座ってそんなことを考えていたのと同じ頃、30年後にミイラになって発見されて大騒ぎになるお爺さんが息を引き取っていたなんて、想像もしませんでした。事件はゆっくり進行していたのです。隣近所という共同体の力が弱くなっていなければ、起こり得ない事件です。それから、同じ30年前に、新興宗教の団体が、若い女性を集めて共同生活をして、親が娘を取り戻そうとするという事件? が幾つかありました。オウム真理教事件など起こるずっと前です。伝統的な血縁や地縁ではなく、意思を持って集団に入った人で構成されるコミュニティと、そこでの暮らしは、なかなか小説に書きにくいという話を担当編集者と交わしたのも、よく覚えています。「書いている人はいるんですけど、これが作品としてうまく行ってなくって」と担当編集者が教えてくれました。これはあとになると、現実の体験に取材した小説ではなくって、観念的に虚構を組み立てた小説となって描かれるようになります。現実の体験のほうは、ノンフィクションが、その表現を引き受けてゆくことになります。

 目的がはっきりした団体ではなく、人間存在をまるごと受け入れてくれる団体。つまりコミュニティを欲するっていう意欲や望みは、「東京っていいなぁ」と大学の教室にぼんやり座っていた頃にすでに、ある種の事件として現れていました。また、自然食運動などの市民運動的な要素のあるものとしても現れていました。どういうわけか、ソサエティは社会という訳語が定着し、しかもその訳語はかなり広範な意味に使われていますけれども、コミュニティは現在もなおカタカナ語のままで、共同体という訳語は意識的に使うことがあってもなんだかむずがゆい感じがします。なぜなのだろう?

 こんなことを思い出し思い出し、考えているのは無縁社会という言葉が出てきたためです。親族の遺体をともにひっそりと暮らしている人、30代の働き盛りなのに自宅で餓死した男性。人の生き死ににかかわる事件が社会的関心を集めているなかで、それは人事じゃないなあという体験を積み上げてきたからです。孤独死ということも、身近な出来事として起きています。脳梗塞の発作を起こして携帯電話を握り締めたまま息絶えていた高校の同級生もいたそうです。それを話してくれたのは、同じ脳梗塞の発作を起こして、ちゃんと携帯で119番できた同級生でした。

 さてと、大昔の教室の記憶から、この話を掘り起こしたのは「人間はひとりで生まれてひとりで死ぬのだから無縁を恐れることはない」とか「無縁で死ぬ覚悟をすればいい」という意見を聞いて考えたことを書きたかったからです。たぶん、そういう発言はゲゼルシャフトな共同体で形成された場所で生きるための、最低限必要な心構えについて話しているのだと、そう思ったのです。ただ、言葉が硬くって惨い。惨いだけではなく、そこからなにかが失われて行くのです。直感的な喩えで言えば、「無縁でけっこう」と言ったとたんに、小さな穴があいて魂がぽたぽたっとゆるくもれて行くような感じです。

 無縁社会という社会問題は、感情の問題と社会システムの問題というふうに一度は分けて考える必要があります。で、社会システムの問題は社会科学の言葉で考えてゆくことができるでしょう。しかし、感情の問題は、感情の言葉で、ゆっくり考えていかないと、何か間違うというか、必要のない悲惨さに墜ち込みそうな不安があります。やわらかい言葉がほしいなあ。歌になったり詩になったりするような、やわらかくって柔軟で、説明がいらないけれども、あんまり俗っぽくない言葉がほしいなあと考えています。壺井栄は「母のない子と子のない母」とをどんな言葉で書いていたのかしら? 今、手元に本がないので、読み返すことはできないのですが、あの小説は戦争の悲惨とその慰めを書いたものという思い込みで読んでしまいましたが(しかも中学生の時に)今のような、人の繋がりが薄くならざる終えないような時代の物語として読んだらどんなふうに読めるのでしょうか?読み返してみたいものです。

 私個人は20代の半ばに母親の介護をしていた時に、口に出してはいいませんでしたが「無縁で死ぬのだな」と内心納得していました。で、「無縁で死ぬ」と納得したら「人の面倒は見られる限りみておかなくちゃいけないなあ」と嘆息しました。だって死んじゃったら、手も足もでなくって「自分のことは自分でする」なんてのも無理だし「人に迷惑をかけない」ってのも無理だからです。なんだか黙っていたことを、言葉にする時期が来ているような気がしないでもないです。

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