中沢けい公式サイト 豆畑の友
ホーム プロフィール・著作リスト 中沢けいへの100の質問 中沢けいコラム「豆の葉」 お問い合わせ
中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

私は貝になる。あいた口がふさがらないばか貝。

2017年09月25日(月)

朝日新聞は以下のような麻生太郎副総理の発言を伝えている。
 
「麻生太郎副総理は23日、宇都宮市内での講演で、朝鮮半島から大量の難民が日本に押し寄せる可能性に触れたうえで、「武装難民かもしれない。警察で対応するのか。自衛隊、防衛出動か。射殺ですか。真剣に考えなければならない」と語った。」

「射殺」と、これが副総理の言うことか。レイシストなみの頭ならすぐに辞任を。難民は保護の対象でしょう。
 さんざん、Jアラートで騒いだくせに、麻生副総裁は難民対策で「警察か防衛出動か射殺か」と発言なんて言語道断。難民対策をまったく考えてこなかった証拠。今日は新宿ではヘイトスピーチデモがあったこの状況で、まったく治安維持についての見識を欠いた発言。政治家の自覚欠如。
 安倍首相は難民対策に不見識極まりない発言をした麻生副総理をただちに罷免すべき。そうでなければ、治安維持に不安を残す。まず加害者を出さないという姿勢を明瞭にして、被害者を出さずに済む。へたをすれば難民保護で加害責任を問われかねない発言。武装した難民は当然予想される。それを武装解除させどう保護するのかは、経験の浅い日本の行政組織(警察、自衛隊など)にとってかなり重くむずかしい課題となる。麻生副総理のようなジェノサイドを扇動するかのような軽率な発言はとうてい容認できない。
 昭和16年1月8日(日米開戦はこの年の12月8日)陸軍大臣東条英機が示達した訓令の一節に「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」とある。有名な一節。一方で捕虜の人道的な取り扱いを決めたジュネーブ条約について、教えられることがなかった将兵が多い。後に捕虜虐待でB級戦犯の罪に問われた人を多く出したのは、国際条約についてほとんど教育しなかった日本軍上層部の責任がしばしば指摘されている。
 同じことが現在も起きている。沖縄の辺野古で機動隊の隊員から「土人」発言が出た時も、現場の機動隊員は罰せられたが、松井大阪府知事や鶴保沖縄担当大臣は行政官(この場合は機動隊員)に対する教育の責任を負っているにもかかわらず何ら罰せられることはなかった。むしろ「土人」発言を肯定するかのような発言を繰り返し、表面的には機動隊員をかばっているかのような姿勢をとりながら、政治家としての責任放棄に終始した。
 集団的自衛官を認める安保法制改訂(それ自体には反対)でも国外への自衛隊出動が予想されるのに国際条約との整合性はとられていないと聞いている。B級戦犯処罰の不条理から生まれた反省はまったくいかされていない。そこへ今度の「武装難民を射殺」の麻生発言が出た。50歩譲って麻生発言が反語で「武装難民を射殺してよいものか、いやそうではなかろう」という趣旨であったとしても、日本も批准している難民条約が頭にあればそういう反語は出てくるはずもない。また昨夜から、この発言を反語ではなく、真に受けていると思われる@つきのツイートが幾つも届いている。政府は難民を保護する責任を負っているという説明(教育)を抜きに、麻生発言を真に受けた結果、惨事が起きれば、加害責任を問われるのは現場の(もしくは末端の)加害当事者だ。沖縄の「土人」発言で、行政上の責任を政治家がとることはなく末端の機動隊員だけが処罰されたのと同じことが起きる。麻生発言は軽率でばかばかしい。でも副総理の発言だ。どんなに御本人がことの重大さを理解していなくとも、その責任は問われる。いや「軽率でばかばかしい」から余計に責任を追及される必要がある。

 麻生発言は言語道断だが、Jアラートや迎撃ミサイル配備などに比べると難民対策に言及している点で、実際的対応になっていることが気になる。米国は爆撃機を北朝鮮領空近くまで派遣。威圧と挑発のぎりぎりの境目に踏み込んでいる。米国、北朝鮮ともしだいに引っ込みがつかないところまで来ているのか。

「私は貝になりたい」はB級戦犯の不条理を描いたドラマだが、心境としては「私は貝になる、空いた口がふさがらないばか貝」って感じ。

↓前の日記 / 次の日記↑

   
談話室 リンク集「豆の茎」 メルマガ「豆蔵通信」 サイトマップ