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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

ガジュマルの赤い実

2015年11月08日(日)

 那覇で。ガジュマルの木に赤い実がなっていた。赤からだんだん紫になるみたい。ガジュマルの古木にはキジムナーが住んでいると言われます。赤い髪、赤い顔をしている樹の妖精だそうです。絵に描いてあるキジムナーは男の子が多いのですが、女の子のキジムナーもいるとのこと。なかには夫婦で子どもを連れているキジムナーもいるとか。魚獲りの名人で、キジムナーと一緒に魚を獲ると大漁だそうです。魚の目玉が好物。獲った魚の中に目玉のない魚が混じっていたら、それはキジムナーが食べたあとだそうです。
 私の従妹に魚の目玉が大好物という子がいました。ごく小さい時の話で、叔母がごはんのしたくをしていると、お膳の焼き魚の目玉が全部なくなっていたこともあったそうです。「めんめ、めんめ」と言いながら魚の目玉を食べてしまったとか。叔母の育った家、つまり私の母の実家ですが、その家は金沢八景の平潟湾に面していて、おおきなホルトの木がありました。常緑樹ですが、真っ赤に染まった葉が一年中、ほろほろと散る木でした。太い幹は黒褐色でざらざらした肌をしていました。私と弟はこの木の下でよく遊んでいました。それが「ホルトの木」だとわかるまではただ「どうも南方の木のようだ」とだけで、なんの木なのか、その名前もはっきりとはしませんでした。三浦半島の沿岸部ではまれに「ホルトの木」を見ることができるようです。ひょっとするとあのホルトの木と一緒にキジムナーが黒潮に乗ってやってきていたのかもしれません。ガジュマルではありませんが、キジムナーの中にもきっとそそっかしい奴はいることでしょう。魚の目玉が好きな従妹はキジムナーと友達になっていかのかも。

 首里から那覇へ下る坂道に、まちがいなくキジムナーが住んでいるガジュマルの木がありました。たくさんの気根を垂らした大きな樹でした。「ここに大きなガジュマルの木があったのですよ」とタクシーの運転手さんが、いかにも残念そうに、その古木が切り倒された跡を教えてくれました。母の実家にあったホルトの木も、とうとう切り倒されました。キジムナーはまた潮に乗ってどこか住みやすい古木があるところを探しに出かけたかもしれません。
 写真のガジュマルの木は、那覇の国際通りに那覇市伝統工芸館「てんぷす那覇」の前に若いガジュマルの木です。近くにはハイアットリージェンシーホテルもできました。このガジュマルにキジムナーが住む頃には、あたりの様子もずいぶん変わっているかもしれません。

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