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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

去年の空 今年の空

2012年08月05日(日)

先週金曜日の8月3日に汐留シティセンタービルの最上階で知人と食事をしました。首相官邸前の恒例の抗議行動のある時間帯で、ヘリコプターが2基ほど官邸上空を飛んでいるのが見えました。その時
「去年はカレッタ汐留から東京湾を眺めたのでしたね」と
言われて、ちょっと首を傾げました。「去年だったかしら?」と考え込んでしまいました。よく思い出せなかったのですが「あ、それは」とある私的なことで「カレッタ汐留」でごはんを食べたのは、一昨年であることを思い出したのです。この頃、2010年と2011年の記憶が混同されているということがよくあります。やはり震災と原発事故は、人の時の感覚、それを「記憶」と呼ぶことも多いのですが、時の感覚をかなり混乱させている様子です。

 東京駅で新幹線のチケットを買っていたら、隣の窓口にいた人が「すごいなあ、ここから半径5キロで日本の全てが決まっちゃうだから」と言い合っているのを見かけたのは、はて、今年の春だったか、それとも去年の秋だったか。身なりはお役人風のスーツ姿。5人ほどで連れだっていました。買ったチケットは東北新幹線のもの。どこか被災地の県庁から、東京の官庁もしくは国会か議員会館へ用事を足しに来た県庁の職員さんではないかとお見受けしました。「半径5キロ」の言葉に実感がこもっていました。

 いしいしんじさんと大阪千日前のおすし屋さんでお話した時、私は自分が使った比喩と小沢健二氏の比喩の違いにこだわっていたので、いしいさんが興味を持たれたところを聞き逃してしまいましたが、あとから「ああ、そうか、そうだな」という納得が湧いてきました。いしいさんが首相官邸前の抗議行動の話を聞いて指摘したのは「68年から70年の時は年齢幅が狭かったでしょう」ということでした。街頭の政治活動の中心が大学生ですから18歳から22〜3歳というところです。それに高校生が加わるとしても15〜6歳から22〜3の幅で4〜5年から7〜8年の年齢差しかないのです。人生の中でも最も先鋭化しやすい年齢でもあります。いしいさんが興味をしめしたのは、首相官邸の抗議活動や国会包囲集会では親に連れられてきた赤ちゃんから高齢者まで幅広い年代の人が集まっている点でした。

 いしいさんは京都で赤ちゃんを連れたお母さんたちが集まっているところで、そのお母さんたちと話す機会があったことを教えてくれました。いしいさんも赤ちゃんを連れていたとのこと。赤ちゃんや小さい子どもがいると、大人も会話をしやすくなるのは、幼い人の持つ功徳を感じます。で、そのお母さんたちの集まりは、東京から避難してきているお母さんの集まりだったのが、お話をしてみて解ったとのことでした。そう言えば、昨年7月に法政大学のボアソナードタワーで復興書店のイベントを開いた時にも、いしいさんは原発事故からの避難者の話をしてくださったのを思い出しました。避難という手段があることをなんとなく話しづらい雰囲気があるので、いしいさんの穏やかでユーモアのある話しぶりに救いを感じたものでした。

 私の考えはもともと脱原発派で、非現実的な反原発ではありません。それは「豆の葉」にも事故直後に書きました。首相官邸前の抗議活動に積極的な興味を持ったのは6月中旬で、国会では3党合意による消費税率引き上げが論議されていました。これに続いて、民主党の小沢一郎氏が民主党離党を唱え始めたことに、あまりにも政治家としての緊張感がなく、震災も進行中の原発事故も「踏まえて」考えたり感じたりしていないという腹立ち紛れで、官邸前の抗議行動に興味を持ちました。首相よりは、むしろ、国会審議をストップさせた小沢一郎氏とそれに同調した政治家に腹を立てたのです。この頃から、首相官邸前の抗議活動の参加者数が増えたところをみると、私と同じような感覚を持った人も多かっただろうと思います。政治家が政治家の顔色を見て駆け引きをするのは2010年までの政治だと言いたい気がしました。

 参加者が増えてみると、首相官邸前の抗議行動には、単に政治的主張を示すだけではなく、そこで人が出会って意見を交わして、考えを作る場になるという効果があることがわかってきました。また、あの東京駅で出会ったお役人さん風の人たちの感慨「東京駅から半径5キロ」を実際に歩いたという経験を持つ人がふえれば、政治に対する見方や考え方も、現実的で落ち着いたものになるでしょう。「国会」や「首相官邸」がただ新聞に書いてある文字ではなく「ここへ行ったことがある」場所として受け止められるだけでも、人間のものの感じ方あ変ってくるのです。

 いしいさんとお話をして大阪から帰ってきたら「対話テーブル」のはずが、野田首相が抗議活動のメンバーを会見するかどうかという話になっていたというのは昨日書いたとおりです。なんだかうまくプレッシャーをかけてパスを出したら、管直人前首相が受けて、サッカーじゃなくってハンドボールを始めちゃったみたいな感じを受けました。へたをすると、また、政治家が政治家の顔しか見ていないとような状態に逆戻りするかもしれないなあと言うのが現実的な判断です。でも一方で、「どじょう」が「龍」に変身するかしらとも。さて、どうなるのでしょう。

 首相官邸前の金曜日の抗議活動を主催しているのは「反原発首都圏連合」というグループです。このグループのポリシーを批判する意見を目にしたり耳にしたりするたびにちょっと黙っていられない気持ちになってきました。私も小さな政治的イシューについて、みなさんの意見表明のお世話係をしたことがあります。多くの人に参加してもらい積極的に御自分の考えを表明してもらうためには、工夫が必要でした。「反原発首都圏連語」のポリシーを見ると、大勢の人が集まって意思表示をするための工夫に満ちています。「場」を作り「場」の維持のためのお世話をするという点では、頭の下がる努力で、その努力には拍手を送りたくなります。このグループのメンバーが「匿名」の存在であったり、ハンドルネームであったりするのも、それが「お世話係」である限りは、そのポリシーにふさわしいでしょう。気がもめるのは、そのやり方が参加者が増えると政治的悪意にさらさえたり、責任追及をされるような場面に出っくわしたりすることです。

 新しいカメラを買いました。前のカメラが壊れちゃったので。今、使い方を覚えているところです。写真は今年の青空を我が家のベランダから撮影したものです。

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