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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

エゴノキがふちに植えてあった露天風呂

2013年05月24日(金)

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 伊藤さんと一緒に行った温泉の露天風呂です。ここも湯船のふちにエゴノキが植わってました。

エゴノキ

2013年05月24日(金)

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 久しぶりに熊本へ行きました。伊藤比呂美さんと対談それかから橙大学。どうも橙大学は常勤になったみたいです(笑)伊藤さんが翌日の計画をいろいろ立ててくれたのですが、あっちこっち動き回り過ぎているのでじっとしていたいと言ったら、南阿蘇の温泉に連れていってくれました。エゴノキがたくさん花をつけていた南阿蘇でした。

罵詈雑言悪態行進

2013年05月11日(土)

 大勢の人が日の丸を掲げて練り歩くデモ行進を大阪の御堂筋で最初に見かけたのは、四年ほど前であった。その時の主張は「外国人参政権反対」であった。目を引かれた理由は、どちらかと言えば政治的に右寄りの主張であるのに、デモ行進のスタイルが左寄りの人々のそれによく似ていたことだ。

 安田浩一「ネットと愛国」を読んで、日の丸を掲げたデモ行進が「在日特権を許さない市民の会」によるものだということを知った。名称に市民を使うところも、なんだか左の形式を利用した右の主張に見えた。通称は「在特会」と言う。これが二〇一二年六月のことで、折から金曜日の夕刻に首相官邸前で開かれていた反・脱原発の集会が大規模にふくらみ始めた時期だった。驚いたのは、反・脱原発を主張する人々の集会の最前線に、対峙するようにして、日の丸を掲げ「原発賛成」と唱えるグループがいたことだ。「在特会」である。二つのグループの衝突を防ぐために、二〇人ほどの賛成派は警官に取り囲まれ防御されていた。首相官邸前集会の規模が四万人を超えた頃から、在特会は現れなくなった。

 それから夏。韓国の李明博大統領が竹島に上陸するというニュースが伝わった。どうもその行動の背景には、日本の右翼を名乗る人物がソウルの日本大使館前の従軍慰安婦少女像に「竹島は日本固有の領土」と書いた杭を縛り付けるという事件があると推察されると、私は東京新聞の「新聞を読む」というコラムに書いた。数えてみると、もう三十五年も原稿を書いて暮らしを立てる生活をしているが、この短いコラムほど、掲載後に何が起きるかが怖くなるという経験は初めてだ。それと言うのも、韓国・朝鮮の関係となると、考えられないくらいの嫌がらせや脅迫などがあることをネットやSNSで目にして知っていたからだ。コラムが掲載される前日に自宅を離れ那覇へ出掛けたのは、予定の行動で、恐怖のためではないが、それでもそこに那覇行きの予定が入っていてよかったと胸を撫ぜ下ろした。

 ひどかったのは、李明博大統領の竹島上陸のあとの「在特会」にゆる新大久保のデモだ。日の丸を振り回しながら「韓国人は日本から出て行け」と叫ぶ。デモが終わった後は、散歩と称して新大久保のコリアン・タウンを歩き買物をしている女性に向かって「売国奴」と罵るなどなど。

 そんなひどいデモがそれ以来、半年以上続いている。東京・新大久保のコリアンタウンのほかには大阪・鶴橋のコリアンタウンでも同様の騒動が繰り返されている。ネットでは「嫌韓デモ」という呼び方をする場合もある。デモのコールは夏頃よりもさらにひどいものになっていた。「ゴキブリ。ゴキブリ以下。チョンは首を吊れ。皆殺しだ。臭い。死ね。出て行け。叩き出せ。出て行け。変態。犯罪者。ガス室を作れ。焼き払え。同じ空気を吸うな。よつんばいになって歩け」と、ネット中継で聞こえてきたコールをざっと拾っただけでも、こんな調子だ。デモの参加者は百人ほど。このデモに遭遇した女子高校生が涙を浮かべている写真をネット・ニュースに掲載している。また、市民運動家がカウンターの抗議運動を展開し始めたのも嫌韓デモが始まって六ヵ月が過ぎた頃からだ。

 と、ここまではツイッターなどのネット情報に接している人々には閉口したくなるくらいの周知の事実なのだが、それをあえて書いたのはネット情報に触れない人々にとってはまったく初耳であることもあるからだ。ネット情報に接する人と、そうでない人の情報格差は原発事故のニュースにも見られるところだが、「在特会」の嫌韓デモ騒動は、その情報格差がさらに惨いものになっている。

 ネットで嫌韓の言説が育ち、ネットで情報の捏造、誇張、歪曲、曲解、が繰り返された挙句に路上へとあふれ出てきたという経緯がある。そして公道で、市民を怯えさせ、不安に陥れ、時には憎悪の感情さえ呼び起こす騒動となってもまだ、テレビも新聞もこの出来事を報道せず、ひたすらネットの中だけで情報が飛び交い、議論がされ、行動が呼びかけられている。あえて言えば、従来からのテレビと新聞、週刊誌といったマスメディアしかない世界と、個人による情報発信の可能なツイッターやユーチューブのあるネットの二つの世界があるかのような現象を呈している。

 三月十四日には、有田芳生参議院議員が国会内で嫌韓デモに反対する集会を開くとの予告もあり、おいおいに対応対策はとられて行くことだろう。

 それとは別に昨年夏から今年冬にかけて広がった嫌韓デモ騒動は、三つの事柄の問題提起をしているように思える。

 まず第一はネット時代の世論形成はどうあるべきなのかと言う点である。ネットの中の言辞が公道での無法な活動にまで広がったのは、従来の手順とは異なるかたちで、そうした世論、いや、意見がまとまりのある形に形成されたことを意味する。

 第二には、ネットと従来型のマスメディアの共同性をどう作り上げて行くのかという問題である。従来のマスメディアにはネットを敵視する気分があり、ネットユーザーにはマスゴミなどと称して蔑視、軽視する風潮があるのだが、これをどう調和融合させて行くのかは第一の問題と深く絡み合っている。

 第三は、第一、第二の問題とはやや離れるが、歴史はいつ、歴史になるのかという問題である。第二次世界大戦終了から六八年が経過し、世紀も二〇世紀から二十一世紀へと変わった。二十世紀後半はすでに歴史として取り扱われて良いはずなのだが、まだ、充分に歴史として取り扱われていない。日本で言えば戦後の歴史である。戦後史が歴史として固まっていないところに、捏造、誇張、歪曲、曲解、が入り込む余地があるわけだ。
      
          (この項 神奈川大学評論の原稿を再録しました)

   
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