851 20081118 クレジットカードの与信引き下げ デパートで買い物をしたら、このカードは使えませんといわれたのは10日ほど前のこと。
「この頃、こういうことが多いんですよ」
と店員さん。
たぶん与信枠(いわゆる限度額)いっぱいまで使ったのだろうと、あとでクレジットカード会社へ確認をするつもりで、すっかり取り紛れていました。それにしてもそんなにお金を使ったことがないのに、どうしてだろう? と首をひねってました。
クレジットカード会社はその時の金融情勢に応じて、与信枠を広げたり、引き締めたりしていることを以前、説明してもらったことがありました。問い合わせをしなかったのは、このところの金融危機で、たぶんそんなことだろうと高をくくっていたところもありました。
今日(18日)になって、ロイターがクレジットカード会社各社が与信枠の引き下げや、貸し出し利率の引き上げをしていることを報じていました。アメリカではクリスマス商戦がこれから始まるのですが、今年はどこも売り上げの落ち込みが予想されているそうです。さらには消費者がクレジットカードを使ってクリスマスを乗り切り、年明けに債務不履行に陥ることも予想されるので、クレジットカード会社は与信枠を引き締めているというロイターの記事でした。というよりも、その記事のニュアンスは、クレジットカード会社そのものに与信の体力がないというものです。貸し渋りをせざるをえないというニュアンスでした。
個人の消費者への与信は、企業の運転資金などにくらべればずっと小さな規模でしかないのに、それでも、与信の引き締めをしなくちゃならないところまで来ているということでしょう。
デパートの店員さんが
「このごろ、こういうことが多いのです」
というくらいですからかなりの広がりがあるのではないのでしょうか?それでどうしたかと言えば、その時はふだんはあまり使っていないもう一枚のクレジットカードで支払いを済ませました。
子どもが小さくて、クリスマスを楽しみにしていた次期にはクレジットカードを使って、支払い時期をずらして、お金の不足を切り抜けたこともありました。クレジットカードの使い方の本などを見ると不足を補うためにカードを使うのは、あんまり褒められたことではないのですけど、そういう使い方をしている人って多いのではないでしょうか。だとすると、この冬はあてがはずれたり、番狂わせであわてたりする人が多くなるでしょう。尋常じゃない事態がもっと目の前に押し寄せてくることでしょう。
個人向けのクレジットが貸し渋りから貸しはがしに発展するなんてことは想像しにくいのですが、起きるとしたらどんな形でおきてくるのでしょうか? そういうことも少し想像しておいたほうがよさそうな気がしてきました。
850 20081102 とぼけた秋のポケット 11月をまたずに東京には木枯らしが吹いてしまいました。10月は韓国での韓日中3カ国の文学フォーラムへの出席から始まって、週末ごとにソウル、春川、大阪、沖縄、大阪と動いてました。
なんだかとぼけた秋でした。いつまでも蒸し暑く、夏の終わりもなければ、秋の始まりもない。そういう秋でした。そんな10月の終わりに、一日だけ、ぽつんと良く晴れて空気が澄んだ日がありました。その日、ひょんなことから三浦半島を南下して葉山まで下りました。
とぼけた秋がポケットの中からそっと出してくれた上天気。日景茶屋がうみっぷちに出しているレストランのテラスで午後の海を眺めていました。凪いだ海にたつ小波は、潮目の違うところで、方向を変え、幾つもの潮目が小高い山に囲まれた湾の中にあることが見ていてわかりました。
秋の海は、もちろん夏の海ほどではありませんが、けっこう賑やかでした。鰯の生簀に、漁船。趣味で釣りをする人のモーターボート。繋留されているヨット。ウィンドサーフィンの帆。などなど。ウィンドサーフィンをしていた人が、帆を降ろしてサーフィンの板とゴムの櫂だけで海の上をすいすいと渡っていました。まるで忍者。それにしても、ゴム製の櫂一本でよくあれだけ進むものだと感心しました。さすがに陸地が近づくとくたびれた様子で、櫂を漕ぐ手を止めて、海にぷかりぷかりと浮かんでいました。
この眺めもとぼけた秋がポケットから出してくれたとっておきの景色のひとつでした。
849 20081101 東京に木枯らしが吹く 伊藤さん、昨日、東京に木枯らしが吹きました。
夏の終わりもなく、秋の初めもなく、なんとなくだらだら暑いまま、突然の木枯らしでした。例年よりも17日も早いのだそうです。なんということだ。
848 20081027 笑福亭仁鶴の太閤さん 大阪に行ってきました。大阪の帰り道で京阪電車に乗ってみました。淀川に沿って走る京阪電車には前々から乗ってみたいと思っていました。
10月19日に京阪中ノ島線が開通したばかり。電車の駅には中ノ島線開通のポスターがありました。笑福亭仁鶴が五代友厚、福沢諭吉、太閤秀吉に扮したポスターでした。洋服に蝶ネクタイの五代友厚のキャッチコピーは忘れてしまいましたが、和服に羽織を着た福沢諭吉のキャッチコピーは「これがあれば適塾に通うのに便利でした」というものでした。着物は一万円札の福沢諭吉の肖像が着ているものに似せていました。
さてさて、太閤さんはと言えば「いざ、大阪経済復興の陣じゃ」のキャッチコピーに唐帽を被った姿。唐帽は、冠の両側に丸い耳のような張り出した部分がある被り物です。
これまた豊臣秀吉の肖像でおなじみの被り物。
笑福亭仁鶴さんに一番、似合っていたのは、太閤さんの扮装。似合っていただけじゃなくて、ポスターの仁鶴さんはうれしそうでした。うれしそうなうえに、その微笑にはちょっとはにかんだ感じもありました。そのポスターを見ていると、やっぱり大阪の人は太閤さんが好きなんだなあと思えてきます。駅に張ってあったポスターを失敬したくなるくらい笑福亭仁鶴さんの表情の良いポスターでした。
847 20081023 沖縄に行ってきました。 那覇もさすがに朝晩は涼しくなったということでした。
沖縄は沖縄タイムスの新沖縄文学賞の選考会でした。
国際通りをぶらぶら歩いていたら、いきなり「中沢さん」と声をかけた若い女性がいました。私はしばらく「???」でした。顔を見覚えがあるのですが、うまく名前と結びつかないのです。最初は法政が日芸で教えたことがある学生かもしれないと思ったせいで、とっさに誰だかわからなかったのです。綿矢りささんでした。
「どうしてこんなところにいるのですか?」
と聞かれても、それはこっちが言いたいセリフだとばかりに答えられませんでした。
韓国で開かれた文学フォーラムで綿矢さんにお目にかかったのはつい一週間ほど前でした。ソウルから春川に移動したあと、ふたりでお喋りをしながら散歩しました。で、那覇の国際通りに現われるとはお互いに思っていなかったので、びっくりでした。 847.jpg
846 20081014 ロサンゼルス山火事 伊藤さん、大丈夫ですか?ロサンゼルスの山火事は日本でも速報で流れています。だいぶ大きいようですね。
845 20081014 伊藤さん、生きてます。 5日の午後、羽田に下りました。
10日11日は大阪。今週末は沖縄。来週の週末は再び大阪です。そんなわけであります。意地でも忙しいとは言いたくない!でも身体はひとつであります。
ご心配をおかけしました。ちゃんとお家にかえってごみだしもしたし、馬鹿になった洗濯機でたくさん洗濯もしました。馬鹿になった洗濯機というのは、なぜか洗濯の途中で止まって、なにやらぶつぶついいながら考え込んでいるのであります。
あとこのごろ、掃除機が怠けだして、吸い取りの威力が減っていて、家の中の家電製品の入れ替え次期が近づいているみたいです。
844 20080928 ソウル 春川 一週間ほど韓国に行ってきます。ソウルと春川に行きます。
843 20080923 ようやく出来ました! 「大人になるヒント」(メディア・パル社)
ようやく出来ました。今日、メディア・パル社の近藤さんが見本を届けてくれました。御協力いただきました中沢ゼミの卒業生の皆さん、どうもありがとうございます。
とり急ぎお知らせと御礼まで。
「大人になるヒント」については、書店に並ぶ頃に、トップページで紹介します。
842 20080918 警察からお手紙が来た。 身分証明書を落としてしまったのです。ちゃんと警察に届けてくれた方がいたので、助かりました。お知らせのお葉書がきました。
落としたのは13日の土曜日。そう、東京国立博物館が身分証明書を見せれば無料になるということが解った日です。で、気が付いたのは15日。電車に乗るためにスイカを探してもなくて、不機嫌になっていました。これだけさがしてないのだから、きっと落としたに違いないと、がっかり。スイカは惜しいと思いつつ、パスモを買いました。ああ、ペンギンがいなくなっちゃったなあ、でもパスモのピンク色のバスと電車のかわいいからいいかとか何とか、ぶつぶつ思っているところに、警察からお葉書が届きました。ふふふ、ペンギンが戻ってくるぞ!
ま、一大事は身分証明書のほうなのですけど。前に落としたときは再発行で3000円とられました。それよりなにより、何度も落とすというのが面目無いというか困ったものだと思われそうで、はらはら。だいたい何かを落とすときってのは、ものすごく疲れているか、気落ちしているときですね。
841 20080915 連休があけるとすごいことになりそう 今朝からずっと経済ニュースに興味を持っています。アメリカの金融危機はかなり深刻な様相で、リーマンHDが破産申請。メリルリンチはバンク・オブ・アメリカが買収。AIGは資産売却。あさからちょこちょこっとロイターと日経のニュースを見ていただけでも、次々に驚くようなことが起きています。どうなるのだろう?明日、お休みが終わったらすごいことになるんじゃないかしら?
840 20080914 今日は十五夜 丸い月がでるといいなあ。
写真は歌川広重の描いた「武陽金沢八景夜景」という3枚続きの版画の中央の一枚です。八つの景色のひとつに「瀬戸の秋月」がありますが、野島山の上にまんまるお月様が出て、平潟湾いったいを照らしているところが描かれています。3枚のうち、右側の一枚には瀬戸橋が描かれ、瀬戸神社の前の集落も描かれています。そこが私の生まれ故郷。
今日はまあるい良いお月様がでました。 840.jpg
839 20080913 水上バス 先週、今週と続けて浜離宮から吾妻端まで水上バスに乗りました。写真は水所バスから見た駒形橋。 839.jpg
838 20080910 鬼怒川の川下り 良く晴れた気持ちの良い日でした。鬼怒川の川下りをしました。船の中で、私の前に座っていた坊やの頭に蜻蛉が止まっていました。
鬼怒川下りの船着場にはデカプリオの写真がありました。まだほっそりした感じで、少年というのがふさわしいようなデカプリオの写真でした。鬼怒川はここのところの雨のために増水。瀬では白い泡が逆巻いていました。空は雲ひとつない快晴。風は少しひんやりとして、川下りにはまたとない良い日でした。
鳳仙花は夏の名残を、コスモスは秋の訪れを、それから、立派な薄の穂が金色に輝いていました。
前日の16時に浅草を出る特急に乗って、鬼怒川温泉に出かけました。隅田川を越えたところで、ひと眠り。目を覚ますと黄金色の稲田の中を電車が走っていました。西の山にちょうど日が沈むところ。斜め向かいの席には、オレンジ色のカーディガンを着た女の子。この子が「ぽにょ」にそっくりでした。
この前、鬼怒川に行ったのは2003年の冬でした。
そのときは、帰りに歯が痛みだして、歯医者さんに駆け込むと、なぜか「毎日、電話を下さい」という不思議な指示。どうしてかしら?と思いつつも毎日、電話をしました。あとで聞くと、もし発熱症状が現われたらすぐに入院しなければいけないほど重症だったみたいです。
歯が痛み出したときの光景や、一緒に鬼怒川温泉に行った人たちの様子などは鮮明に覚えているのに、それがいつだったのかは、調べなくちゃ解りませんでした。
え、え、映画を見に行きたいよぉ!
伊藤さん、無事にお帰りになりましたか? 838.jpg
837 20080905 きれいなノート 上野の都立美術館で見つけました。大きさは新書版くらい。表紙にマグネットが入っていて、ぴったと閉じることができます。
同じ売り場でみた光景。
もうすこし大きなB5サイズもありました。おじさん(おじいさんのほうがいいかなってお年でした)が「きれいなノートだねえ」と感心してみていました。お連れのおばさん(こちらもおばあさんかな?)は感心を示さず、冷ややかな反応。たぶん、家に中に無駄なものを増やしたくないと思っているのでしょう。
ノートとしてはB5サイズのほうが使いやすいのでしょうけれども、持ち歩くのには新書サイズのほうがよさそうで、小さいほうを買いました。日記帳に使うつもり。小さいほうが旅行に持って行くのに便利だから。 837.jpg
836 20080904 まめ まめ まめ 浅草のお土産はいつものとおり「まめ まめ まめ」
左から「うに豆」「はじき豆」「大豆」です。今年は昼ゼミの合宿は浅草なので「グリーンピース」と「塩豆」はその時に買うことにしました。
合宿のコースは新橋駅集合で、地下を浜離宮まで歩き、そこから水上バスで吾妻橋へ。夕ご飯はお好み焼きともんじゃ焼き。もんじゃ焼きは初めて食べました。それで、浅草泊(笑)翌日は午前は自由行動(というか、夜更かしをして歩くのがつらいと言うメンバーもあり)私はかっぱ橋の道具街を散歩しました。それから「駒方どぜう」へ。午後は上野の都立美術館でフェルメール展を見学。
後期になったら岡本かの子の小説「いのち」を読みましょうか?どじょう汁の話が出てくるの。 836.jpg
835 20080903 どぜう どじょうの丸なべを食べてきました。おいしかった。 835.jpg
834 20080829 今夜も雷ごろごろ 夕方は少し晴れ間も見えましたが、今夜も雷ごろごろです。 834.jpg
833 20080827 じゅんさい じゅんさいを一生食べなくても、損をしたとは思わないだろうなあと、なぜか、食べる度に考える。ところが食べてみると妙においしい。一生食べなくても損をしたとは思わないのに、食べるとおいしいから、では「すごく得をした」という気分になるかというと、そうでもないのに「また食べたい」と思っている。じゅんさいはそういう複雑な味の食べ物。
池に生える水草の芽。つるつるしたゼラチン質に包まれている。このゼラチン質が曲者で、あっさりした味なのに、なぜか動物を思わせる。おたまじゃくの卵とか、そういうやつ。今までは三杯酢で食べていたけれども、白味噌のお出汁の実にするとおいしいことを発見しました。
ネットでレシピを調べてみると、じゅんさい鍋というのがありました。はて鍋?とは。鍋にするとどんな味がするのでしょうか?それからじゅんさいの天麩羅。あのゼラチン質も天麩羅になるのかしら?そのうち、手がすいたときに試してみましょう。 833.jpg
832 20080826 訳注聯珠詩格 今、銀行から帰ってきました。ずっと未記帳だった通帳の記録をつけてもらっていたらすごく時間がかかってしまいました。ATMコーナーには始終「ATMで還付金が出ることはございません」のアナウスが流れてました。
この春ごろから、うちにもしょっちゅう「還付金があります」って電話がかかってきてました。これまでの経験上、払ってない税金や保険年金の督促はあっても還付金のお知らせはなかったから、振込み詐欺には引っかからなかったけど、けっこう、引っかかる人っているみたい。
小さいこだわりですが「振り込め詐欺」という言い方は嫌い。発音がしにくいから。「振込み」は名詞としても使えるから「振込み詐欺」でいいと思う。「振り込め詐欺」という言葉を聴くたびに、中学校の時、英語の能動と受動がわからずにまごまごしたのを思い出してしまう。だって日本語は能動と受動が曖昧なんだもん。
柏木如亭の『訳注聯珠詩格』は
「杜甫、李白、などの漢詩を江戸時代後期の漢詩人柏木如亭が当時の話し言葉を使って訳した漢詩集。」
と説明されています。
伊藤さんが見つけた岩波文庫は私もアマゾンで見つけて買いました。世間は広いようで狭い!柏木如亭には「詩本草」というのもあって、こっちはお料理の本。
「遊歴の漢詩人が行く先々で口にした美食と旅の記憶に漢詩を結合させた随筆。『随園食単』『美味礼賛』に匹敵する魅力的な一品」
と紹介されています。『随園食単』は中華料理。『美味礼賛』は西洋料理。『詩本草』は和食。さて、今夜は和洋中どれでやろうか?と迷いたくなるような三冊。
伊藤さん、夏ばてしないで下さいよ!『トリッパー』の連載楽しみにしてますね。
831 20080825 十和田乗馬倶楽部 八戸から車で一時間くらいのところにある倶楽部です。外乗のコースがいろいろあり、一度、行ってみたいと思っていました。馬場で練習しているのは、ベル君のそばに映っていた小さいお嬢さん。まだ小学校にも入っていないくらいの年齢でした。こんな年頃から馬に乗りなれれば、すごくうまくなるのでしょう。 831.jpg
830 20080824 こっちは先生が乗っていた馬 ベル君は側対歩の馬でした。右の前足と右の後ろ足。左の前足と左の後ろ足がそろって動くという歩き方です。日本の古式馬術や荷馬車を引く馬には、側対歩の馬がけっこういます。あまりスピードは出ないのですが、そのぶん、安定した乗りここちです。
先生が乗った馬は斜対歩。右の前足が出るときは左の後ろ足が踏み込み、左の前足が出る時は右の後ろ足が出るという歩き方です。斜対歩のほうがずっと早く走れます。写真の足元を注意してみるとベル君と先生の馬では立っている時も足の運び方が違うのが解ります。先生の馬も道産子だそうです。
で、先生の先導でアップダウンのある山道を一時間半ほど散歩してきました。しばらく馬に乗っていなかったので、手綱の持ち方も忘れていましたが、山道を散歩するうちに思い出しました。急な下り坂や上り坂も、なんとか、越えることもでき、景色を楽しむ余裕も最後は出てきました。 830.jpg
829 20080823 馬に乗ってきました。 私を乗せて山道を歩いてくれたベル君です。道産子だそうです。
ベルって牛の名前じゃないか?って知り合いに言われました。そう言われてみればそんな気がしなくもありません。
おとなしくてかわいいお馬でした。 829.jpg
827 20080817 雲の峰 嵐が通り過ぎたあとの黒雲の向こうにぽっかり入道雲が顔を出してしました。雲の峰。
16日午後から埼玉は全域、激しい雷雨に見舞われて浦和のパルコには落雷もあったとのことでした。停電にもなったみたい。幸いうちに落雷はありませんでした。
伊藤さん、おかえりなさい!熊本の皆さんによろしく! 827.jpg
828 20080817 真夏の怪 芥川竜之介の「羅生門」を読むと、都のはずれの羅所門には人の遺骸が放り出してあった様子が書かれています。「羅生門」のもとになった今昔物語の時代、平安末期には、葬られることもなく放り出された人の遺骸を都でも見ることができたようです。
役所に勤めている知人から、以下のような話を聞いたことがありました。
8月の暑い盛りのことで、役所が閉まる直前に死亡届はどうのように出したらいいのかという問い合わせの電話がかかってきたそうです。で、その問い合わせに答えると電話の主は「今日は止めておきます」と言い出したのだそうです。役所の窓口が閉る時刻だったので、そう言い出したみたいです。死亡届ならば、通常の窓口のほかに、夜間でも受付があると言っても「今日は止めておきます」一点張り。そこで「仏様はいったいいつ亡くなられたんですか?」と聞くと「三日前」というので、驚いたと言っていました。
「死亡届がないと火葬にできませんよ」とたたみかけるとまた「今日は止めておきます」の返事。で、電話が切れてしまったということでした。
こんなに暑い日が続いているのに、いったいどうしているんだろう?と気になってしょうがないと言っていました。去年の夏に聞いた話です。
死体遺棄事件というとたいていは殺人事件とセットの罪状で、容疑者が捕まってから、殺人事件の捜査に切り替えられることが多いようです。が、殺人ではなく、単純な死体遺棄事件の雑報をふたつ見つけました。
一件はお母さんが病死して困った兄弟二人の話。母親の遺体をトランクに詰めて放置したというもの。母親と同居していた兄は「お母さんが死んでどうしたらいいかわからない」という遺書を残して自殺していたそうです、弟のほうは八戸駅のベンチでぼんやりとしていることろを逮捕。もっともこの場合の逮捕は「保護」に近いような気がします。40歳前後の兄弟でした。
もう一件は50代の男性がやはり母親が病死して「葬式代がない」という理由で遺体を遺棄したという事件。
二件ともお金にも困っていた様子がわかりますが、困っていたのはお金だけじゃないようです。それにしても人のつながりが薄くなるって言うのは、こういうことをさしているのでしょう、
826 20080812 資生堂のホネケーキ 近所の薬局で見つけました。資生堂のホネケーキ。洗顔石鹸です。これが売り出された頃は石鹸としては最高級品でした。大事に大事に使っていました。
なぜか、この石鹸を見るとどこかに遊びに行きたくなります。どうしてだろう????? 826.jpg
825 20080811 ぶたの日光浴 アジアンタムの冬越しに成功しました。アジアンタムの葉陰で日光浴をするぶたです。 825.jpg
824 20080810 昨日の出来事 またほていあおいが咲きました。
飯田橋のラムラに入っているスーパーで買い物をしていたら「はるさめは緑豆のがおいしいから」というおばあさんのそばで、その人の娘らしいおばさんが「中国食品なんか買わないでよ」とヒステリックに叫んでしました。「ほら、テレビでやっているでしょ。汚いところで作っているんだから」とこれもきんきんした声。なんだかしゃくに障ったので、目の前で、中国製の乾物(きくらげ 百合の芽、その他いろいろ)をたくさん買っちゃいました。もちろん緑豆のはるさめも。はるさめはおばあさんの言うとおり、緑豆のやつがおいしいです、
法政大学で用事があって、研究室にいたら、漢文の黒田先生がきました。通信教育のスクーリングの最終日だということで、ほっとなさっているようで、少しお喋りしました。「映画を見たいのにいいのをやってない」とお嘆きでした。夏休みですから、子ども用ばかりで、仕方ないですね。
「ポニョポニョ 魚の子
おなかのまんまるい女の子」
「崖の上のポニョ」の主題歌の、このくだりが気に入って、一人になると歌っています。あ、なぜ気にっているのか、理由のわかっている人はやたらに言わないようにして下さい。
飯田橋の喫茶店で、編集者に校正刷りを戻して、家に帰ってきたら、近所の知り合いが偶然、尋ねてきました。子どもが保育園に通っていたときの、お母さん仲間。で、来週からカザフスタンに行くという話。え、だってグルジアとロシアが戦争を始めているよと驚くと「でもカスピ海の向こう側だから」って。中央アジアは広いから。
気をつけていってらしゃい。
お客さんが帰ったら、今度は遠くのともだちから電話。電話でよもやま話をしているうちに2時過ぎに。今日になっちゃいました。
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823 20080808 落合簗 渋川の駅からすぐ近くにある落合簗に行ってきました。前日、夜半から未明にかけて、もうすごい雷雨がありました。5時間近く雷鳴が轟いていました。で、泊まっていたホテルの部屋が紫に染まるほどの稲光と同時に、どしんという音。あとで泊まっていた建物に落雷があったことがわかりました。それにもかかわらず、ひたすら眠っていた私は、部屋が紫に染まったのも「夢の中」の出来事のひとつのようで、これで火事でも出ていたら、と思うと「冷や汗」ものでした。そういうわけで簗がある利根川には、茶色い濁流が渦巻いていました。
濁流渦巻く利根川からの川風は心地よく、川の向こうには榛名山の姿がくっきりと見えました。いつも、あとから、あ、失敗したと気が付くのですけど、今回も写真を撮り忘れました。携帯を持っていたのに。なんだか見とれてしまうとカメラを出すのをすっかり忘れてしまいます。
炭火でかりかりに焼いた鮎と、一匹丸ごとフライにした鮎それに鮎のコク(輪切りにした鮎の入った味噌汁)を食べました。新発見は細切りにしたナス。汁に浮かんだ実が、最初はちょっと煮えすぎた葱か何かのように見えて(かなり左目の曇りが響いていますが)「なんだろ?」と口に入れるとナスだったので、思わず手を打ってしまいました。ナスも細切りにすると、魅力的な吸い口になるのだと解りました。
ともだちと鮎を食べに行こうと約束しているのですけど、なかなか、お互いの時間の折り合いがつきません。お先にいただいちゃいました。
822 20080801 ほていあおい 朝起きたらほていあおいの花が咲いていました。
あとから調べてみたら3本ほど花の痕跡が残っていました。花芽は突然のように伸びて、一日だけ写真のような紫の花を咲かせます。で、その翌日にはくたりと枯れてしまい、ちょっと見には花のあったこともわからなくなってしまいます。
ずいぶん前にどこかの用水地で、ほていあおいの花が無数の咲いているのを見ました。そのときは「へえ、ほていあおいも花が咲くんだ」とただ見とれていたのですが、それがどこだったか思い出せません。夢で見たみたいに、明るい水面に紫の花がたくさん咲いている景色を思い出します。 822.jpg
821 20080730 雷と遊んで携帯電話を忘れる 昨日は夕方からもうすごい雷雨でした。どこかに雷が落ちて山手線が止まったそうです。私は法政大学の研究室にいたのですけど、雷がだんだん近づいてくる様子がわかってわくわくしてしまいました。
幸い?法政大学にはボアソナードタワーがありますから、雷が落ちるならきっと背の高いボアソのほうだろうと、図書館棟に研究室がある私は安心して、大空が稲妻で紫色やコバルトブルーに染まるのを眺めていることができました。花火よりもずっとスケールが大きいので、楽しいです(自分の頭に落ちなければ)で、どきどきもするし。
だけど、研究室に携帯を忘れてしまったのです。夕べのうちに気が付いてはいたんだけど、もう大学の門も閉まっている時間で取りに戻ることもめんどくさかったの。やれやれ。携帯にいろんな用事が飛び込んできたりしてないといいのだけど。
820 20080728 伊藤さん かっこいいねえ、 前橋文学館の伊藤比呂美さんのポスター、なかなかかっこういいです。トップページにリンクを張ってあります。ご覧下さい。
写真は知人の岡山土産。白い雲がむくむくする夏の空です。 820.jpg
819 20080728 おおきな虹が出た 夕方、猛烈な雷雨。それから大きな虹が出る。二重の虹だった。向かいのマンションが虹の二重まる◎で囲まれていた。
818 20080726 カレーにとりつかれる 熊本日航ホテルの朝ごはんになぜかカレーが出ました。いや、ビュッフェ方式だからカレーを食べたくない人はカレーをえらばなかればいいのですけど。「なんでカレーなの?」と首をひねりつつ、これを食べてみれば「おいしい!」でした。なんと言っても朝の4時半からくまぜみが「しゃわしゃわしゃわ」って鳴いていて、頭の中に「しゃわしゃわ」の国ができちゃっているほど暑いので、朝からカレーがおいしい。そういうわけでカレーにとりつかれちゃいました。
で今朝はカレー。お釜の中でごはんがかぴかぴになっていたので、ご飯を水で洗ってぱらぱらにして、オリーブオイルで炒めて、カレー粉をふって出来上がり。ドライカレーです。熊本に行かなかったら、朝からカレーを食べようなんて思わなかったでしょう。それにしても日航ホテルって全国どこでも朝からカレーを出しているのかしら?
817 20080724 なすなすなす 熊本のお土産はなすです。丸いのが米なす。そのとなりは大成なす。真ん中が赤なす。いちばん長いのが長なすです。 817.jpg
816 20080723 しゃわしゃわしゃわ 伊藤さん、熊本に行ってきました。宇土も歩いてきました。熊本文学隊の皆さんともお話してきました。オレンジでにがうりのぬかみそ漬けをごちそうになりました。
なによりびっくりしたのはくまぜみの鳴き声。朝の4時半にしゃわしゃわしゃわしゃわって、鳴き始めて、ホテルの10階に泊まっていることが一瞬判らなくなりました。
すごいね。くまぜみって。
伊藤さん、東京でも油蝉が多いから、あんまりみんみんとなく蝉の声は聞かないのです、じいじいじいですけど、絵本だとみんみん鳴いていますねえ。
くまぜみってのは、なんかすごい迫力。鶴屋デパートの前の並木でもしゃわしゃわしゃわっと鳴いていました。
熊本って、なんか「暑い」リックサックをひとつ余分に背中に背負わされたような暑さでした。サウナに入っているみたいな湿気で、この湿気で汗がいっぱいでました。ダイエットにはいいみたい!
815 20080717 水なすの糠でぬかみそを作る 大阪から水なすのぬかみそ漬けを送りました。水なすは一個一個、糠にくるまれています。この糠を捨てずにタッパーに集めて糠床を作りました。これにきゅうりとかみょうがとかそのたものもろお野菜を漬けておくとおいしいのです。
ぬか床は古いほど良いって教わりました。でも、定期的に新しくするほうが良いという説もあるのだそうです。どっちがほんとうなのかわかりません。
814 20080715 宮本さんのお兄さんの夢 「おたあジュリア異聞」の挿絵を描いてくださっている宮本恭彦さん、それから宮本さんのお兄さんご夫妻、それに長谷川郁夫さんと大阪を歩いてきました。
宮本さんのお兄さんが夢の話をしてくれました。夢を見たのは「小川国夫さんを送る会」の2、3日前だそうです。4月に亡くなられた小川国夫さんの「送る会」は6月16日に開かれました。
宮本さんの夢では、その「送る会」の会場へ行ってみると誰もいなかったのだそうです。誰もいないなあと思っていると壁ぎわの椅子に小川国夫さんと長谷川郁夫さんが並んで座っているのに気づいたということでした。なんだ小川さんが来ているじゃないかと、壁際の二人を宮本さんは見てしました。すると長谷川さんが小川さんに聞いたそうです。
「天国はありますか」
小川さんが答えて
「ありましたよ。あったんです」
と言ったのだそうです。
ここの下りを話す時、宮本さんのお兄さんは小川さんのものの言い方そっくりに話しました。声の質は宮本さんと小川さんではまったく違うのに、なぜか宮本さんの口から小川さんの声が聞こえるような、そんな感じでした。で、宮本さんのお兄さんは、夢の中で、
「よく聞いたな、よく聞いたもんだ」
とひとしきり思い、夢から覚めてまた「よく、聞いたもんだな」と感心したという話でした。
ほんとうに天国があったと教えてもらった気のする夢の話でした。
813 20080711 イタリア人 フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フォーレ大聖堂に落書きをしたことを謝罪した女子大生を、フィレンェ市が謝罪を受け入れたうえに平和大使に任命したそうだ。
イタリア人は陽気だなあと感心する。災い転じて福となすのがうまい。
少年犯罪は全体には現象傾向だけど、殺人は10パーセントも増えたの記事もあった。どろぼうは減ったけど、人殺しは増えたと思っていいのかしら?少年犯罪なら詐欺や横領はそんなにないはずで、ありがちなのは万引きや盗みそれに傷害などと考えてみる。
お腹がすく、つまり肉体の飢えは扱いやすいけど、精神の飢えは扱いにくいということをこの統計は示していないかしら?精神の病ではなくて、精神の飢え。
812 20080709 私の曇っている左側 左側の目の網膜に故障があるのがわかったのは去年の今頃でした。で、それ以来、私は左側が曇っていることを意識するようになりました。あと、眼鏡にも少しなれたみたいです。でも眼鏡をかけても、私の左側は曇っています。
正確に言うと曇っているというよりも、ものの輪郭がぼやけています。輪郭がぼやけているので、もの全体が少し遠くにあるように見えます。ですから、片目だけで、見ると左側だけで見る時と右側だけで見る時では、物と私の間の距離が違うように見えます。左側は輪郭が曇るだけではなく、物が幾分、小さく見えるので、それだけ遠く見えます。そのほかに左側の視界で顕著なのは光が散乱して見えることです。裸眼だと信号の光がまるで打ち上げ花火のようにぱっと散っています。光の散乱は眼鏡を用いるとだいぶ楽になります。
疲労しているときは、この左側の不思議な見え方はひどく顕著になります。ところが、本を読むことに集中するとだんだん文字が見えてくるというへんてこりんな現象もあり、その時は右よりも左のほうがくっきりと見えているのです。これはいったいどうしたことでしょう?こうした左の目の故障の原因はわかりません。
そんなわけで右は近視になってしまいました。で、その近視の眼鏡を作った時に、しばらくしたら眼鏡の度の修正がいりますと眼鏡屋さんに言われていました。ああ、またそろそろ眼鏡屋さんに行かなくちゃ。
左側が曇って見えるようになってから、案外、片目だけ故障を抱えている人も多いことをしりました。ある人の旦那さんはやはり50代から原因不明のまま、片目だけ視力が落ちたということでした。困るのは目の疲労から突然、思いがけないときに眠気に襲われることです。眼鏡ともう少し上手に付き合うようにしたら、この眠気の発作を抑えることができるそうです。
811 20080708 副都心線 副都心線が開通した。で、有楽町線が成増始発だった頃が懐かしい。このときは便利になったという実感があった。それまでは東武東上線しか利用できなかったので、都心へ行く地下鉄はありがたかった。しかも始発駅。だからいつも座れる電車だった。
ところが副都心線はあまりありがたくない。有楽町線一本の時は乗り換えなかればならなかった渋谷や新宿に一本で行けるということで理屈としては便利になったのだけれどもである。なぜか「渋谷」行きばかりが来る時間帯がある。「渋谷」行きの場合、有楽町線を利用するには小竹向原で乗り換えなければならない。その小竹向原でも「渋谷」行きばかりが来ることがある。
小竹向原には有楽町線と西武線それに副都心線が乗り入れているので、かなり複雑なことになっている。そのため、混乱が生じているのは読売新聞の報じていた。
さらに準急へ急行ができて、もよりの成増駅を通過する電車がある。正直言って、こんなに複雑になって事故がおきたりしないかしら?と心配になってくる。まだ慣れないから、混乱したり、電車の遅れが出たりするのだという人もいるけれども、慣れてきた頃に事故が起きたりしないかしら?
秋山駿さんと麹町から電車に乗ろうとしたときも、所沢で起きた事故の影響で、電車は大幅に遅れていた。で、秋山さんが「お酒が飲める頃にな、この電車があったら便利だったな」とおしゃったので、思わず「そう、そう」と頷いてしまった。確かに新宿でお酒を飲むには便利な電車である。でも、今はお酒を飲む閑もない。副都心線が開通したおかげで今までよりも家を少し早くでなければならなくなったので、なおさら閑が削られている。やれやれ。
810 20080707 鱧 玉ねぎ マツタケ 鱧と玉ねぎとマツタケの鍋をごちそうになりました。玉ねぎは新玉ねぎの頃に鱧と鍋にするとすこぶるおいしいとのことでした。それからくぎ煮は、3月4月の頃がいちばん盛んに作られるという話も聞きました。お中元にくぎ煮をもらうことが多かったので、初夏のものを勘違いをしていましたが、ほんとうは春先のものだそうです。来年は4月頃にくぎ煮を探してみようと思います。
ところで鍋の具に信じられないほど大きなまつたけが出ました。いったいどこから出てきたまつたけなのでしょうか。
あと、貝と玉ねぎのキムチを発見。これの意外な組み合わでしたがおいしい! アマダイ入りのチヂミも見つけたましたが、暑い大阪の街で持って歩いて、無事かどうか解らなかったので、今回はパス。
809 20080629 水なす、くぎ煮、それから鱧 大阪のおみやげ。
808 20080621 めん喰い 朝、焼きそば 昼 冷やし中華 夜 鰯とブロッコリーのパスタ。 朝 なし 昼 てんぷらそば 夜 かも汁そば。
朝 そうめん 昼 かた焼きそば 夜 ざるそば 夜食カップヌードル
なんでこんなに綿ばかり食べているのだろう。もとい麺でした。
807 20080619 ヤダヤダ虫が湧く ちょっとだけヤダヤダ虫が湧いている。ちょっとした会議で「絶対嫌だ」と口走っていた。これは危ない。ヤダヤダ虫が湧いている証拠。これ以上に増殖しないことを願う。
806 20080616 火だすき 焼物に火だすきという柄が出ることがあります。お茶碗やお皿を焼くときに、炎がははってしゅっとした模様が出るのだそうです。
一週間前に右手の親指の付け根から手首にかけて火傷をしました。ポットにお湯を注ぎすぎたので、少しこぼそうとして自分の手にかけてしまったのです。すぐに冷やした部分はあとが残りませんでしたが、手首のあたりに火だすきのような火傷の跡ができました。
先週末、大阪へ。西成で騒動があったというニュースが深夜のBS放送で流れていました。あの騒動はどうなちゃったのだろうと、朝、テレビをつけてみれば、速報のチャイムがなって東北の地震でした。西成の騒動は金曜日、土曜日、日曜日と三日も続いた様子です。
地震や騒動とはなんの関係もないkれども、右の手首の火だすきみたいな火傷のあとを時々、ぼんやり眺めています。
805 20080613 打ち明け話 打ち明け話ができにくい世の中になったなあと感じることがあります。いや、別に私が打ち明け話をしたいわけではないのですけど。
へたに打ち明け話をするとじっと耳を傾けてくれる人はほとんどいなくて、いきなり、解決法やら解釈やら、まあ、その場の勢いで回答だけを言われるみたいなことが多いです。私もこのごろは人から打ち明け話をされることが多くなったから、もしかしたら、そんなことをしているのかなって考え込んでしまいました。なんか、試験問題に答えるみたいに打ち明け話に答えちゃうって癖が、ものすごく広がっている気がします。試験問題の答える訓練はずっと小さい時からしているけれども、他人の打ち明け話につきあう訓練はしてないから仕方がないってそういうことでもないんだけど。
人間の内面への無関心ってのは、どんな社会で幾らかはあって、それは仕方がないことかもしれませんが、そういうものが過度に広がると、心象風景とか、内的な葛藤が、人間の現実の行動にむき出しに出てしまうってことがあるみたいです。すさまじいことになるわけで。
ここ数年、学生の皆さんが提案した短編を4月から6月のゼミで読んでいました。今年は違うことをしているのですけど、昨年まで学生の皆さんの持ってきてくれた短編を読んでいました。で、その短編小説ではむごたらしい殺人事件が描かれていることが多くて、本心を言うとちょっと閉口していました。ただ小説は所詮作り物ですから、そこに描かれた殺人事件は、作者と読者の間に成立した心象風景と読めば読めないこともないのです。
もっともそこに描かれたむごたらしい殺人の場面と心象風景として読み直すのは、小説を長い間、書いてきてその発想法などを幾らか承知しているからそう考えられるのでしょう。そうでないと、心象風景をそのまま現実に置き換えることも可能なわけで、ため息が出てしまいます。幕末には血みどろの芝居がもてはやされたそうです。お岩さんが出てくる「四谷怪談」なども幕末の血みどろ繻美から生まれた芝居だと聞いたことがあります。
人間が心の中に育てる価値観というものも、ずいぶんいろんな方向へ育って行くものなですね。
しかし、6月ってのはなんでこんなに惨劇が多いのでしょうか?打ち明け話以下のことは秋葉原の通り魔事件のニュースを見ていて、考えたことです。秋葉原の通り魔事件の前に、女性をさらってばらばらにしてトイレに捨てたという陰惨な事件もありました。その事件そのものは4月の出来事ではありましたけど、なんでこう次から次へと「絵空事」のような事件がおきるのでしょうか。
804 20080610 伊藤さん 梅雨入りしましたよ 九州北部も梅雨入りしたそうです。東京はもうずっと前に梅雨入りしたというのに、今年は逆転現象だということでした。と、伊藤さんはもうカルフォルニアに帰っちゃったのかしら?
803 20080607 やっぱりけしの花 いつだったか、管理人の豆蔵君が「なんかこの花が気になる」とMIXIに写真を掲載していました。あ、それはけしの花だよと教えたのを覚えています。で、私の家の周りにもけっこうけしの花が咲いていました。
けしは麻薬の原料になるので、栽培を禁止されています。昔、私の家の庭にも大きなけしの株があって、それを引っこ抜いたのを覚えています。で、今日、コンビニでなにげなしに週刊新潮を買ったら「全国でけしがふえている」というグラビアがありました。やっぱりけしの花はあっちこっちに咲いているらしいです。で、何が原因でけしが道端などに咲くようになったのかですけど、これが解らないみたい。
けしって、あんぱんの上についているつぶつぶもけしの実だと聞いているけれども、あんぱんを食べても問題はないみたいです。でもなんでけしが増えるのだろう?
802 20080606 葉っぱばかりを活ける 新大阪駅のホームでひさしぶりに平松洋子さんに会いました。お話したかったのですけど、私は2人の同行者がいてしかも3人ともヘビースモーカーなので、喫煙車両へ。
それで平松さんが葉っぱが好きとおしゃっていたのを思い出しました。新緑の季節が過ぎて日増しに緑が濃くなる季節です。で、葉っぱばかり活けました。と行ってもちょうどベランダのヒイラギの木を切ったので、枝を捨ててしまうのがもったいなかったのです。花屋さんで買ってきた夏はぜも残っていました。思いついたのはお風呂場にもガラスの器で葉っぱを活けること。
前からお風呂場にグリーンが欲しかったのですけど、なにしろ狭いユニットバスなので、グリーンを置くのは無理かなという気がしていました。でもガラスの器に、枝物を入れればいいんだと気がつきました。それで花屋さんに行ってみたところ、なんと1メートル40センチもあるドウダンツツジの枝を見つけました。大き過ぎる!でも一本1000円。使い出がある。ということで一本1000円のドウダンツツジの枝を担いで帰りました。それをお風呂場に活けたらお風呂場はジャングル。
こんどはお風呂場の天井に二本設置してあるポールから花瓶を提られるようなネットがないかしらと探しています。
801 20080604 蓬ヶ島 虎屋に「蓬ヶ島」というお菓子があります。大きなお饅頭の中に小さなお饅頭が入っているお菓子です。小さなお饅頭は5個入っているものと、7個入っているものがあります。小さなお饅頭のあんこの色は、それぞれ別の色をしています。7個の小さなお饅頭の入ったものは、全体で1キロあるそうです。注文で作るお菓子で、一度、作ってみたいと思っていました。
今年の春、姪っ子が中学生に、甥っ子が高校生になりました。そのお祝いに「蓬ヶ島」を注文しました。小さい饅頭7個いりは少し大きすぎる気がしたので、5個いりにしました。真っ白なお饅頭が箱いっぱいに入っていました。勿論、一人でこの巨大なお饅頭を食べるわけには行きませんから、切り分けることになります。切り口には3個のお饅頭が見えるということに甥っ子が妙味を持って、なせ3個しか見えないのかと説明してみようと考えはじめました。
小さいお饅頭でさえ、ふつうのお饅頭と同じくらいの大きさがあります。これを4つ並べて、その上にひとつお饅頭を置き、全体をあんこで覆い、さらに白いお饅頭の皮で覆われているというものです。だから切り口は3個しかお饅頭は見えないのですけど、甥っ子は斜めに切ればもっと見える位置があるのでは?とかいろいろ考えていました。お饅頭の下のほうを切れば4個の小さいお饅頭が見える位置がありますが「それじゃあ、反則みたいな気がする」ということで、逆にまったくお饅頭が見えない切り方もあることに気づいたり、なんだかお饅頭というよりもパズルみたいな感じで楽しみました。
800 20080603 ほんとにバターがない! 今日、買い物に行ったらバターがなかった。お店の人に聞いてみたら一日に10箱入ればいいほうで、だいたい午前中に売り切れてしまうのだそうだ。バターがない!という新聞記事を見てからもう一ヶ月もたっているのに、ぜんぜんふえていないみたい。
バターだけで済めばいいけど。お米がないなんてことになったりしたらたいへん。そうそう小麦もえらく値段があがっているらしい。
車にガソリンを入れたら、こっちは高い高い。からっぽの燃料タンクを満タンにしたら、一万円超えそうな勢い。
穀物高騰。原油高騰。それに中国の地震の影響がどんなふうに出てくるのか解らない。
それにしてもバターがないなんて。
799 20080601 大阪の女(ひと) たぶん5月の中ごろだった。21時に東京を出る新幹線で、新大阪着が23時30分頃。それから御堂筋線に乗り、天王寺まで行く途中の車内に、ちょっと目立つ美人がいた。目立つというのは首から上、つまり頭と顔は和服用のヘアスタイルにメイクで、「美人」の見本のような感じ。で首から下が、こっちはやや「ギャル」というのか、薄い生地のミニスカートに今流行しているスモック(とはいわなくてチュニックというらしいけど)を着ているという、なんとなく若いスタイル。たぶん20代前半から半ばくらいの年なのだろうけど、なにしろヘアスタイルが大きめの夜会まき風のスタイルだから貫禄があるのに、なぜか服装は可愛い子ちゃん風というアンバランス。
御堂筋線に乗り込んできてのが「なんば」だったから、たぶんホステスさんで、お店では和服を着ているんだろうと思ってそのアンバランス嬢を眺めていたら、真剣な顔で携帯メールを打ち始めた。で、メールの返信がすぐに来たらしい。返信メールを見たとたんに目が釣りあがるほど怖い顔になった。で、やにわに頭に手をあて夜会巻きの堺目にささっているヘアピンを抜き出した。大きく膨らませた髪だから、なかには梳き毛が入っているはずで、ヘアピンやUピンを抜くのはいいけれども、いったい梳き毛はどうするのだろうと、なんだか固唾を呑んでしまった。
ヘアスプレーでかちかちに固めた髪を崩しにかかった彼女を見て、驚いたのは私ばかりではなかった。前に立っていた年の頃なら20代後半くらいのサラリーマン氏もたいそう驚いたみたいだ。目が飛び出すという表現があるけれども、まさにそんな顔で、ヘアピンを抜く女性をまじまじと眺めていた。目をそらすのを忘れてしまったみたいな顔だった。上等な生地の紺色のスーツにアイロンが良くかかったYシャツ。ニットのネクタイを緩めているところが、新入社員と差をつけた感じのやや髪を長くしたサラリーマン氏だった。
で、かのアンバランス嬢は頭をさっと一振りする。するとヘアスプレーで固まった髪の半分くらいが、ほどけてばらばらと肩の上に散った。でも半分は、まだ固まったまま。よっぽど厳重にスプレーを吹き付けたのだろう。ちょうど電車の席が一人分あいて、彼女は腰を下ろすとまた、なにやら真剣に携帯メールを打ち始めた。目が飛び出しそうな顔で、彼女を見ていたサラリーマン氏はもう人ごみにまぎれていた。女の人が髪をほどく姿というのをあんなに怖そうな顔で見ている男の人を始めてみた。心底、怖そうに見ていた。
798 20080528 昨日食べた かれいのお刺身がおいしかった。それからぷちぷちと泡が出る日本酒もおいしかった。シャンパンみたいな感じ。
それで、また写真を撮るのを忘れてました。
仕事の合間にちょこっとネットのニュースを見る。四川の大地震は台北も揺れたという第一報から、注意してみていた。成都にも行ったことがあるし、都江堰にも行ったことがあったので、いったいどうなっているんだろうと、ネット配信される記事を読み予想以上の地震の被害のひどさに驚いていました。成都に行った時「蜀の犬は陽を見るとほえる」ということわざを教えてもらいました。蜀は四川の昔の呼び名。で、昔からあまりすっきりと晴れることが少ない地方なのだそうです。ですから、たまに快晴になると、お陽さまを見慣れない犬は驚いて吼えるのだそうです。快晴が少ないということは、地震後の感染症の手当てなどには苦労させられそうだなと感じていました。
今日になって李白故居の様子を写した写真がネットニュースに掲載になっていました。李白故居の中庭でお婆さんたちが孫をあやしながらマージャンをしていたのを思い出しました。それから細長い口がついた薬缶でお茶を入れてもらったのも思い出しました。写真で見る李白故居は、築山が崩れて茶色の土砂が庭を埋め、壁もまた崩れ落ちていました。
なんだかにがいわたの入った鮎が食べたいんだけど、どうしてだろう。昨日はちょっとしたお祝いで日本料理を食べたのですけど、ゴマ豆腐の上に稚鮎を甘辛く煮たのが載っていました。それでますます、ハラワタの苦い鮎が食べたくなりました。
797 20080527 いさきと夏みかん お昼にいさきの干物を食べた。先週の日曜日に鎌倉の駅浦にある干物屋さんで買ってきたいさきの干物を冷凍にしておいたもの。5月になると父がいさきをバケツに何杯も釣ってきた。
夏みかんを食べたら、子どもの時に住んでいた家の台所の昼下がりを思い出した。夏みかんの季節になると母が近所の八百屋さんに夏みかんの出荷を手伝いに行っていた。それで、たくさん夏みかんをもらってくるので、皮を剥いて砂糖漬けにした。砂糖漬けはそのまま食べることもあったが、冷たい水に溶かして夏みかんジュースにして飲んだ。
今年は苗ものが出回るのが遅いと花屋さんが話してしました。いつもはいっぱい売っている朝顔の苗もやっとひと株見つけて買ってきました。
ネットのニュースで空き巣の操作中にパトカーが別の警察官に駐車違反切符を切られたという記事を見つけました。2、3日前にはパトカーが速度超過で違反切符を切られたというのもありました。どうなっちゃっているんだろう?
796 20080525 うちの薔薇 伊藤さん、おつかれさまです。
うちのベランダも薔薇が咲きました。去年の秋に薔薇の土を買って植え替えてやった薔薇です。 796.jpg
795 20080513 母の日 伊藤さん、次郎物語は佐賀が舞台なんですね。あんまり九州だと意識したことはありませんでした。次郎が正木のおじいさんを尋ねて冬の田んぼを歩く場面なんて、自分ちの近所(つまり房州)で考えていました。そのうちに佐賀に連れていって下さい。そうだ!下赤塚の下村湖人のお墓におまいりしたら、ここに写真載せますね。
先週の日曜日は母の日だったので、花屋さんに行ってカーネーション赤20本、白3本買ってきました。白3本はお仏壇用。お仏壇が小さいので、それ以上あっても飾りきれないのです。で、赤20本は長い丈のまま、ガラス瓶にさして玄関に置いておきました。指示行動ですね。
息子の反応
「あ、今日は母の日だった。はははは」
娘の反応
「こういうのは一週間前にやらないと意味ないね。だってその日の夜になって気づいてもしょうがないから」
だそうです。来年は一週間前にスプレー咲きのカーネーション50本で玄関の入り口をふさいでやろう。と母は思うのでした。
794 20080508 伊藤さん、次郎物語は 私も愛読しました。うちの本名が本田で、弟は生まれたとき、長男なのに「次郎」にされそうになりました。親子で愛読していたんですね。あと作者の下村湖人のお墓はうちの近くの下赤塚にあります。まだ行ったことはないけど。こんど行ってみます。うちから歩いていけるところなの。
793 20080507 ラコステのポロシャツ ラコステのポロシャツを買いました。ポロシャツって言えばラコステっていう時代がありました。高級ブランドが注目を集めた頃で、ラコステは手が届く高級ブランドって感じで紹介されていました。
それでちょっとそんな頃のことを思い出していたついでに、欲しくなってしましました。白と紫を買ったつもりなんだけど、紫のほうは「ピンクだ」と家では言われています。薄い紫なの。でもピンクに見えるらしい。 793.jpg
792 20080506 うちのさくら それから 青い実がなっています。 792.jpg
791 20080503 河のほとりで飲んだお茶 河のほとりにイ・ビョンジュの文学碑があり、そのそばに藤棚がありました。藤棚の藤はまだ咲いていません。藤棚の下で水色のチマを身につけた人々が、そよそよとお茶を入れていました。胸元から足首にかけて大きく開いたチマは河からの風に揺れて、それがたった今しがた河から上がってきた水の精のように見えました。
河東はお茶の産地でもあるのだそうです。
ソウルでは麦茶とかコーンのお茶をごちそうになることが多く、グリーンティーは貴重です。
お茶を入れるとき、湯冷ましに白磁の片口を使っていました。その白磁の片口がなかなか使いようさそうでした。ひとつ持っていたいものだと河東からソウルに戻り、仁寺洞に出かけました。土曜日の夕方の仁寺洞の賑わいに驚くとともに街がすっかり様相を変えているのにも、目を見張りました。
昨年の9月にも仁寺洞を歩いているのですが、その時は夜遅かったので、あまり気づきませんでしたが、文房四宝と骨董、それに紙屋とお茶道具屋さんの多い街が、今ではファッションと現代美術とお土産屋さんの街に変貌していました。木版刷りの民画のグリーティングカードが欲しかったのですけど、今ではもう制作していないそうです。だとすると私の机の引き出しに残っている木版のカードは貴重品ということになります。しかたなく韓紙の封筒と便箋を買いました。白磁の片口は、土瓶とくみ出し茶碗がセットになったものを見つけましたが、これを日本まで持って帰るのを考えると、今回はあきらめました。が、なんでもないこんな道具は次に行った時にあるかどうか、今のソウルの変化の早さを考えると、これも幻になってしまうかもしれません。
以前から欲しかった改良韓服を上下で買いました。夏にはそよそよとして気持ちよく着られます。もっともうちのばか息子は「焼肉屋の店員に見える」と言っていました。ま、確かに高級焼肉店では、定員さんが改良韓服を着ています。 791.jpg
790 20080503 慶尚南道と全羅南洞の間を流れる河 河東は慶尚南道と全羅南道の境目に位置する街です。ソウルから高速道路を使って5、6時間かかりました。写真は慶尚南道と全羅南道の間を流れる河です。イ・ビョンジュの文学碑はこの河の岸に建れられていました。
韓国では桜と菜の花が同時に咲くことが多いらしく、テレビの天気予報では黄色く咲いた菜の花に桜の花びらが散り掛かる映像が繰り返し放送されていました。河東では、もう桜の花は終わって、河岸はつつじの花が満開でした。外国に出るときは筆談のために分厚いノートを持って行きます。今回もオレンジ色の分厚いノートを持っていったのですが、そのノートにいつのまにか赤いつつじの花が一輪はさまっていました。
この河ではたくさんのしじみがとれるそうです。朝ご飯にはラーメンの丼くらいの大きさの器でおいしいしじみ汁がでました。白いスープに殻なしのしじみ、それに韮を細かく切ったものが吸い口として浮いていました。これがおいしい。パウダー状のとうがらしをくわえるとさらにおいしくなりました。
しじみのほかに梅の実の産地でもあって、ごちそうになって梅酒も良い香りでした。韓国では梅の木は、幹を切って、背の低い状態にして育てるようで、最初は梅の畑を桑畑と見間違えました。それからいちご!鶏の玉子ほどもある大きくて甘いいちごをいただきました。
河東は写真のように穏やかでうららかな春の日でしたが、この日のソウルを大荒れの天気だとテレビが報じていました。大雨が降り、大風が吹き、さらには雷までなって街路樹が横倒しになったり、バス停の屋根が吹き飛ばされたりしていました。 790.jpg
789 20080502 韓国に行ってました。 一週間ほど韓国に行っていました。
伊藤さん、ご心配いただきましてありがとうございます。生きてます(笑)
韓国のイ。ビョンジュ文学祭に行ってました。イ・ビョンジュは韓国の作家です。韓国南部の河東(ハトン)にイ・ビョンジュ文学館ができて、そこでのシンポジウムに参加してきました。それからイ・ビョンジュ国際文学賞が今年からできたそうで、ベトナム人の女性の作家が第一回の受賞者だそうです。あと中国人の女性の作家と、インド人の男性の作家とそれから、メキシコに住んでいるスペイン人の作家が来ていました(スペイン人は男性)
写真はイ・ビョンジュの文学碑の前を行われた記念式で、韓国式のお茶を出してくれた人たちです。なんか河から抜け出てきたみたいな水色のチマ(スカートみたいなもの)を着ていました。遠くからみると「おそろい」なんだけど、近づくと、例えば背縫いにステッチが入っている人がいたり、チョゴリ(上着)に地紋があったりとそれどれ個性的でした。 789.jpg
788 20080418 うちのさくら さとうにしきの花です。ベランダのプランターですがちゃんと赤い実がなります。いつもソメイヨシノが咲き終わった頃に咲きます。 788.jpg
787 20080415 春は危ない ここのところ、大阪、静岡と新幹線で移動していました。新幹線で走り、学校の廊下を走りの繰り返しでした。春は新入生の季節です。学校はまだ学内の建物の位置などがわかっていない新入生があふれていて、大混雑。走りたくても走れないこともありました。
電車の駅でも真新しいスーツを着た新入社員らしい人をたくさん見かけます。新幹線の中にも、緊張した面持ちの人が幾人も乗っていました。それから、団体旅行の人々。こんなに団体旅行が多いのかしらと思うほど、昼前後の新幹線には団体旅行の人が大勢乗っていました。
団体旅行の添乗員さんも新入社員。大阪駅でおろしたての制服を着た添乗員さんをみかけました。頬がふっくらとして、満面の笑みにはりきっている気持ちが滲み出していました。手にはこれまた新しい旅行社の旗。見ているだけで気持ちが良くなるような新米の添乗員さんでした。
手にした旗をすっと掲げて、新幹線から降りてきたお客さんを集めます。集まってきた人々の先頭に立ち、背筋を伸ばして、歩く姿がどことなく誇らしげでした。新幹線ホームのスピーカーが切迫した声を放ったのは新米添乗員さんが旗を掲げて、下りのエスカレーターに乗った時でした。
「添乗員さん、添乗員さん、ホームでは旗を使わないで下さい。ホームでは旗を使わないで下さい」
駅員の声はほんとうに切迫したものでした。が、新米添乗員さんは意気揚々と下りエスカレーターに運ばれてもう姿を消していました。駅員さんのあの切迫した声はぜんぜん彼女の耳に届いていませんでした。きっと彼女はコンコースで、あの満面の笑顔でお客さんの数を確認していることでしょう。
たぶん、駅のホームで旗を振ると、列車の運転手が、安全確認のための旗を見間違える危険があるのでしょう。どうかすると大事故の原因にもなりかねないのはあの駅員の切迫した声が物語っていました。
ああ、春は危ない。
そうは思っても、駅員さんの切迫した声と、添乗員さんの誇らしげな笑みのコントラストには微笑を誘われました。ほんとうに春は危ない。
786 20080408 春の嵐 すごい嵐です。 786.jpg
784 20080407 もうすぐ葉ざくら 花のしたからやわらかくて若い葉が出ています。
朝方から雨が降り出しました。先週のさくら色の雨とちがって、こんどは燃え出す緑の雨。天気予報では東日本で大雨がふるそうです。そのまえぶれみたいな静かな雨であたりはけむっています。お花見も昨日の日曜日でおしまい。おしまい。 784.jpg
785 20080407 もう咲いている皐月の花 今年の東京のさくらは気が早かったようです。でも気の早いのは皐月の花もつつじの花も同じです。梅もこぶしもさくらも皐月もつつじも咲いて、青紅葉も出て、東京はいつから雪国になったんでしょうって話を知り合いとしました。 785.jpg
783 20080406 さくらちる さくらのはなびらが風に散って雪のようでした。 783.jpg
782 20080405 救世軍の行進 風で散ったさくらの花びらが吹き上げられて、8階の通路に散らばっていました。
法政大学で「編集実務B」の講義をされている谷村先生と神保町に行きました。すると、どこからともなく、かなり古風なブラスバンドの音が流れて来ました。
太鼓とコルネットとタンバリン。そういう組み合わせなので、古風な音に聞こえるのです。救世軍の行進でした。みんな救世軍の制服を着て、足並みを揃えて行進していました。先頭に旗を持った人がいて、そのあとに銀色のコルネットを吹く人が二列で続き、大太鼓が入って、その後ろでタンバリンを打ち鳴らす人が2列でならぶという行進で、全体では30人くらいの隊列でした。夕闇が濃くなる時刻の行進で、会社帰りの人が足を止めて眺めていました。
神保町の交差点のところに救世軍本営があります。私が救世軍のことを知ったのは林芙美子の小説に「救世軍の陣太の音」という表現があって、へえ、そんなクリスチャンの団体があるんだと感心したのが最初でした。大学に入ってから、神保町で救世軍本営を見つけました。クリスマスが近づくと制服の救世軍の人が、募金用の鍋のそばでラッパを吹いているのを見かけたりしました。
谷村先生は駿河台下の近くにある高校に通っていて、神保町はなじみの町なのだそうですが、救世軍の行進を見るのは初めてだとおしゃってました。私も行進に行き逢うのは初めてでした。救世軍の行進は、本営を出て靖国通りを東に向かい、三省堂の前ですずらん通りにはいって本営に戻るというコースだったのでしょう。
紺色の制服をきたちょっと太った中年の女性、若い女性、おじさんも制服で、かなり年齢もまちまちの人が楽器を演奏しながら足並みを揃えて夕暮れの町を歩いていました。制服は紺色でJRのと言うよりも、旧国鉄の駅員さんが来ていた感じにどことなく似ています。救世軍本営でなにか集会があるみたいで、最後尾の女性がスピーカーで、集会の案内をしていました。
谷村先生が「写真を撮っておけばよかった」とおしゃっていましたが、私もそれをちょっと考えたのです。でも携帯電話のカメラでは、光がすくなすぎて、暗い感じになりそうでした。なんだか楽しそうという感じは携帯のカメラではでないかもしれないと、カメラを出すのをやめました。
子どもだったら、あとをついて行きたくなるような光景でした。
谷村先生と古本屋へ。それからランチョンで黒生ビールと鰊の酢漬けを食べました。谷村先生はランチョンのザワークラフトが御気に召したそうです。谷村先生から日芸にいる古本小僧の話を聞きました。古本は安くなっていて、大学生でもかなり買うことができるので、日芸の学生の中には古本屋めぐりをする人が多いのだそうです。谷村先生の話を聞きながらやっぱり日芸の学生って流行に敏感なんだなあと思いました。日芸には「古本屋研究会」があるそうです。
神保町や、駿河台下には新しい古本屋さんができています。店を覗くと30代とおぼしき店主が座っていることも珍しくありません。店の棚を見ていると、なんだか世田谷や杉並あたりに住んでいた人の家の中を覗いているような気分になります。新開店の古本屋の棚に並んでいるような本が棚にならんでいた知り合いのお家に行ったときのことを思い出させる古本屋さんです。
昔は古本屋の店主って、怖い感じがして、じろりとにらまれましたけど、今はなぜか古本屋の店主さんのほうが「このおばさん、なんだろう?」って怖そうな顔で私を見ています。今は昔。 782.jpg
781 20080404 外堀のさくら 昨日は入学式でした。外堀のさくらがはらはらと散り始めていました。 781.jpg
780 20080403 もう あおもみじが まだこぶしも梅も咲いているというのに、あおもみじが枝を伸ばしていました。 780.jpg
779 20080402 光が丘公園のさくら さくらが咲くとああ、冬を生き延びたという気がします。心筋梗塞とか脳梗塞とか。雪の多い山の動物みたいに餓死したりはしなけけど。人間だって冬はけっこう怖いのです。 779.jpg
778 20080401 まだ咲いているこぶしの花 卒業式の頃にひらくこぶしの花はいつもどおりに咲いたのに、遅れた梅や先を急いださくらにおどろいていることでしょう。 778.jpg
777 20080401 まだ咲いている紅梅 今年は一月中旬に寒くなったので、まだ紅梅が咲いています。梅の花が開くのが遅かったのです。 777.jpg
776 20080401 花の波 雨が降って、風が吹いて、また雨がふって、風が吹いて
さくらが散り始めました。花の波です。 776.jpg
775 20080331 さくら色の雨が降って 朝、目をさましたら桜色の雨が降っていました。ちょうど知人から電話があって
「さくら色の雨が降っているよ」
と言ったら
「こっちはどしゃぶり」
だそうです。とてもさくら色どころじゃない。バケツで水をまいているような雨だそうです。
午後からは晴れ上がりました。
今日は全国的に寒かったみたいです。さきほどニュースを見ていたら、山梨の富士吉田市では雪が降ってました。
24日の法政大学の卒業式の日の次の日にさくらが少し咲き出して、飯田橋の地下鉄の出口あたりで、さくらの花を携帯のカメラで撮影している人をたくさん見かけました。
26日の午前中、上野の精養軒のテラスで、あたりいったいさくらが咲いてゆくのを眺めていました。この日はものすごく暖かでした。28日は夕方、雨が降ったにもかかわらず、外堀土手にはお花見の一団がいました。29日、豊島園でお花見をしました。豊島園はさくらが咲くと16時以降、入場無料になるのを教えてもらいました。30日は光が丘公園を横切って下赤塚のお風呂の王様に行きました。帰りは光が丘公園から、IMAのショッピングセンターまで歩き、大きなうどを買いました。すると雨。タクシー乗り場で車を待ってもなかなか来ないので、傘を一本買って家まで歩いて帰りました。もちろん光が丘公園のつっきって歩いてきました。
光が丘公園のお花見の人は雨のおかげですっかり姿を消していました。さくらだけが夢のように咲いている静かな公園でした。
さくらが咲いてから、冷たい雨が断続的に降っています。 775.jpg
774 20080328 さくらが咲きました 東京はこの3日の間にさくらが満開になりました。
甲子園では、安房高校と宇治山田商業の試合で、試合開始直後に目を疑うようなホームラン。信じられないことばかり。試合そのものは逆転さよなら勝ちをされて、なんとなくほっとしたというのとも違うのですけど「そうか、そうか」という感じでした。
10年ぶりくらいの大泥酔。時々、思いがけない酩酊に襲われることがあります。それもこれもさくらが満開になったせいのような気がしました。
法政大学の前の外堀の土手では、背広姿のサラリーマンのおじさんたちが連れ立って、散歩をしている姿をみかけました。あんまり急速にさくらが咲いたから、人間のお花見の都合をあわせられなかったんでしょう。 774.jpg
773 20080325 卒業おめでとう 法政大学の卒業式でした。
人生には良いことも悪いこともあります。良いことだけの人生もつまらないし、悪いことだけの人生もつまらないものです。悪いことのあとにはきっと良いことが、良いことのあとには、少しだけの悪いことと、そのあとのもっと良いことが待っていると信じて。がんばって下さい。それではみなさんごきげんよう。 773.jpg
772 20080323 紫色がどよめいて 昨日の読売新聞夕刊一面の記事のタイトルは「まってました。桜もメジャーも選抜も」でした。
昼過ぎにテレビをつけて甲子園の第二試合の実況を聞きながら大量の洗濯物をやっつけ、ベランダの植木鉢に水が足りないのを発見して水をやり、その途中で米屋さんに電話をかけてお米を注文し、ついでに洗濯機を回し、台所の流しに洗う物の山ができているのをぼちぼち片し、とまあ、一週間分の家事が滞っていたのと格闘していました。で、第三試合になったら、テレビの前に乾きあがった洗濯物の山を積んで、それを片付けながら、安房高と城北高の試合を見るぞと掃除機をかけたところで、第三試合の中継が始まりました。
正直に言って、これを見逃したら、きっとあと100年くらいは甲子園の中継で母校のユニフォームは見られないだろうという心境でした。だって32年前に千葉県大会に決勝戦に出たときには、銚子商業に20点以上の差をつけられて、誰も一塁に出塁しないまま終わってしまったのですから。
洗濯物の山の向こうにまず見たのが安房高女子の新しい制服。ダブルの上着というのは変わってないれども、ちょっと良いボタンがついてボタンの数も4つから6つにふえてました。それに臙脂のネクタイが加わっていました。ふむふむ。こういう制服になったのね。アルプススタンドは紫の塊。全部、紫に染まっているので、驚きました。NHKのアナウサーは「ともに攻撃的な守備が特徴の学校です」と解説。はて? 攻撃的な守備? それじゃあ、決着がつかないじゃないと、ぶつぶついいながらまずバスタオルを5枚ばかり畳むことに。
ブラスバンドは絶対城北高のほうが上手でした。ちゃんとトランペットの音がグラウンドに響き渡っていました。攻撃の局面が変わった時に、演奏の曲をすばやく変えても音が安定しているブラスバンドでした。たいして我が母校の紫集団。聞こえるのは迫力のある大太鼓の音。「紫のアルプススタンドが喜んでいます」ってアナウンサーが言っていましたけど、ほんとにちょっとしたチャンスでも大喜びのどよめきが伝わってきました。その間に、シャツ、パンツ、上着にズボンにパジャマと洗濯物をたたんで片付け、ひょっとして、ひょっとしてこれは勝てる試合なんじゃないか? と思い出したのは4回表の攻撃の時くらいから。
時計の針は16時30分に近づいていました。今日は法政大学のゼミの追い出しコンパ。17時30分に市ヶ谷駅集合。ああ、行かなくちゃ。でも試合も見たい。野球の試合以上に、紫の塊が大喜びをするところを見たい。と思いつつ、後ろ髪を引かれながら、地下鉄に乗り市ヶ谷に。野球の試合は夜のニュースでもハイライトシーンを見ることができるけれども、紫の塊の大喜びはライブでしかみられないからなあと、思いつつも、でもだんだん後半になると喜ぶよりがっかりするシーンになっちゃうかもしれないし、と考えながら市ヶ谷駅に到着。
「誰か甲子園の野球の結果を教えて」
と御願いしてみました。
「え、第二試合ですか」
「第三試合の結果」
「まだ第三試合の結果は出てませんよ」
やっぱり最後まで試合を見ていたら、大遅刻をするところでした。
「あ、第三試合の結果が出てます。2−0ですね。しかも9回表に2点とっているから、これって見ていたらそうとうおもしろ試合だったでしょう」
「やっぱり勝ったか。ばんざい」
さぞや、紫の塊は大喜び、大歓喜だったでしょう。見られなくって残念。あ、でも、勝ったってことは、もう一試合甲子園で、安房高の試合を見ることができるんだ。昼までは100年に一度だぞって思ってましたが、これで100年に2度になりました。きっと次の試合の時はあの紫の塊がもっとおおきな塊になっていることでしょう。
771 20080322 甲子園のチケット 本日の第3試合 熊本の城北高と安房高の試合です。
熊本、静岡、東京でさくらが咲いたということです。 771.jpg
770 20080321 安房高応援グッズ 知り合いが安房高応援グッズの写真を送ってくれました。
丸の内でタクシーに乗って、武道館のわきを通り、一口坂まで行きました。武道館では専修大学の卒業式が終わったところでした。日本武道館を卒業式に使う大学は曜日に関係なく毎年同じ日にちと決まっているそうです。ちなみに法政大学は24日。
はかま姿のお嬢さんたちが大勢信号待ちをしていました。お堀の桜のつぼみは赤く膨らんでいました。
で、タクシーの運転手さんと着物の話になりました。千葉のほうのお家に曾祖母さん祖母さんお母さんと三代の着物をしまってある長持があったそうです。今はもう誰も住んでいない家で、そこに泥棒が入り、丸帯と鼈甲の櫛だけを盗まれたというお話でした。お金になるものだけを選んで盗んでいったみたいです。
「運転手さん、千葉って、どのあたりのお家があるのですか」
とお尋ねすると
「僕んちは保田です」
と言うので
「じゃあ、安房高が甲子園にでるのをご存知でしょう」
と着物から野球に話題を転じました。
「僕、安房高なんです」
というお返事でした。ここで車は一口坂に到着。
あの運転手さんもラジオで、中継を聞くのでしょうか。こんな偶然もあるのです、 770.jpg
769 20080314 なんと我が母校は 我が母校(安房高校)は熊本の城北高校と一回戦で対戦することになりました。甲子園の春の選抜高校野球の話です。それにしても一回戦が熊本じゃなくてもよさそうなものなのに。伊藤比呂美さんとのご縁とか、熊本日日新聞の「おたあジュリア異聞」連載とかいろいろ熊本とはご縁があるものです。あ、そうか縁があるから一回戦は熊本とぶつかったわけか。なるほど、なるほど。
768 20080309 もうすぐ春ですね 年末に買ったミニ葉牡丹がぐんぐん伸び始めました。なんだかおもしろい!て子どもたちが言っていました。葉牡丹が伸び始めてつぼみをつけるともうすぐ春です。 768.jpg
767 20080307 若ごぼうをいただきました。 大阪の尾川さんから若ごぼうを送っていただきました。根っこを食べるのではなくて、茎を食べるごぼう。さっそく尾川さんのおすすめにしたがった掻き揚げにしてみました。なにより緑色がきれい。薄いころもをつけて油で揚げると茎の緑色がいっそう冴え冴えしました。蕗に似ていますが、味は柔らかで、ほんのすこしだけごぼうの香りでしました。春のお野菜です。 767.jpg
766 20080301 今日のお買い物 はっさく、でこぽん、伊予柑(以上熊本産)ばなな(エクアドル産)豚肉ロース塊塩漬け用(アメリカ産)牛肉ロースステーキ用(オーストラリア産)鳥胸肉、鳥腿肉(山形産)。レタス、サニーレタス、なんとかレタス(名前を忘れたけど、葉っぱがレースみたいになっているやつ)グリーンピース。葱、牛蒡。ブルガリアヨーグルト(日本産)たらこ(なぜ買ったのかわからない。袋の中に入っていた)油揚げ。新若布。そうそう、韮とひき肉と餃子の皮と香菜。あとピンクのさくら餅としろいさくら餅。
ああ、重かった。
765 20080229 今日の空 西の空がだんだん春になってきました。4年に一度の今日の空です。
灯油を買ったら一缶1,980円でした。信じられない値段。スタグフレーションという言葉を覚えたのは小学校5年生の冬。石油危機で狂乱物価といわれた頃でした。なぜかトイレットペーパーがものすごく値上がりすると言われて、街じゅうの人がトイレットペーパーの買いだめに走ったのです。で、トイレットペーパーを自転車の荷台に積んで走っていたおじさんが強盗に襲われたりしました。
物価が上がっても景気がよくない、したがって賃金もあがらないというスタグフレーションという言葉を久しぶりに聞きました。40年ぶりまでは行かないか。まあ、そのくらいです。で母が言っていたのでよく覚えているのは「あの狂乱物価がなければ。子ども二人を私立大学にやるくらいの蓄えはあったんだけど」という言葉。「へえ」と思って聞いていました。結局、私が学費が安い明治大学の2部を選んだし、弟は国立大学へ入りました。私は学費の問題というよりも学力の問題で2部を選んだのだし、弟は希望の学科が国立にしか設置されてなかったので、あんまり母を嘆かせずにすみました。
もう明治大学の2部もなくなっちゃったし、弟が進んだ国立大学もほかの学校と合併して別の名前になってしまいました。
知り合いと話していたら、国民年金の掛け金が高すぎない? っていう話題になりました。収入に関係なく一律に掛け金を取られるのは「払わない」のじゃなくて「払えない」って話です。そりゃそうだ。
年金と保険。これがちゃんとしていればかなり安心して暮せるんですけど。どうもそういう実感がないの。ええと地震とか台風とか災害があるたびに、高齢の人が亡くなったり家がつぶれたりしていますけど、そういうことを聞くにつけ家族に頼らない老後って、ほんとうに良いのかなあって思います。
うまく言えないのだけど、家族に縛られない自由な社会ってのに、私などは憧れたんだけど、その結果が公的扶助の整った社会ってことになるのでしょう。でもそれってうまく行くのでしょうか?
なんかねえ、時々、なんで自分は若いとき、あんなに臆病だったんだろうって考えることがあります。で、ああそうだ。家族の面倒にみる余力が必要だから、臆病になっていたんだなあって思い出すんです。それはそれでよかったんです。春めいた空を見ながら、ぼんやりそんなことを考えています。 765.jpg
764 20080228 三浦和義容疑者逮捕 ロス疑惑事件の三浦和義容疑者逮捕には驚きました。でも、それでイージス艦の衝突も農薬入り餃子の話も夕刊のタブロイド誌やスポーツ新聞、それに全国誌ですら、扱いが小さくなってしまいました。27年前の事件よりも、今日食べる餃子のほうに私は興味があるのですけど、一般の読者の興味はそうではないのでしょうか? 私と同じように、今日食べるかもしれない餃子や、今もたくさんの艦船を運行させている海上自衛隊のほうに興味があるのではないでしょうか?
ロス疑惑事件と言えば最初はアメリカで強盗に襲われた悲劇の夫婦の「美談」としてワイドショーに取り上げられました。その「美談」が「疑惑」に変わったとき、それまで芸能ねたか、家庭の話題しか扱わなかった昼過ぎのワイドショーがジャーナルな話題も扱うようになったのです。メディアリテラシーについて話す時、テレビのニュースがワイドショー化したのはロス疑惑事件の時からだとよく言われます。ちょうど、ニュースのワイドショー化、ニュースのバラエティ化と時を同じくしておきたのがロス疑惑事件でした。
それがなんだか、今現在進行中のさまざまな時間を覆い隠す効果を発揮しているのは皮肉な気がします。これって偶然なんでしょうかねえ? 歴史の流れをよく見ている知恵者がどこかにいるのでしょうか?
763 20080223 強風というよりも狂風 2時半ごろでしたでしょうか?一転にわかにかきくもり、猛烈な風が吹きました。家の中にいても外が暗くなるのが解りました。しかし、雨が降っているわけではありません。雲で暗くなったのではなく、風で飛んできた砂で暗くなったのでした。黄砂かと思いましたが、どうもそうではなくて、強風に巻き上がられた砂ほこりだったようです。
息子が珍しがって写真をとっていました。一眼レフカメラを購入したばかりなのです。
猛烈な強風で、電車もあっちこっちに遅延が出ていました。東北新幹線は停電のため全線運転見合わせという表示が山手線の中に表示されていました。風が一番、強い時には表を出歩くに躊躇されつほどでした。アルミでできたオカモチがどこかから飛んできました。いったいどこのラーメン屋さんのオカモチなのでしょうか?
強風というよりも狂風という感じでした。その風のあと、ものすごく寒くなり、午前中のぽかぽか陽気がまるでうそのような冷え込みになっています。
762 20080222 見つけた。 東京はぽかぽか陽気になりました。で、皇居の向かい側に桜が咲いているのを見つけました。色の濃い桜で、もともと早く咲く種類かもしれません。
あと、小川国夫さんのところでごちそうになった金山時味噌が欲しいと思っていたら、これも同じものを見つけました。ハワイアンコナコーヒーのバニラフレバーが欲しいかったのも見つけました。バニラフレーバーのコーヒーってなぜか冬の終わりにぽつんと現われるぽかぽか陽気の陽にしか欲しいと思わないので、ふだんは売っていても気にもとめません。そういうわけでちょうど良かったの。
足に塗るクリームも見つけました。聖書に香油を塗る場面がよく出てきて、油なんか足や身体に塗ったらべたべたするんじゃない?と前々から疑問に思っていたのですけど、ピーナッツオイル入りのボディクリームというものを使ってみたら、香油を塗るというのが少し納得できました。
今はどうか知りませんが、以前は夏になると、オレンジ色の容器に入った資生堂のサンオイルや茶色い容器に入っているコパトーンをあっちこっちで売ってました。私は4月頃から徐々に日焼けしてしまうので、サンオイルは使ったことがありません。でも、考えてみると聖書に出てくる香油って、サンオイルの類に似ているのでしょう。ピーナッツオイル入りのボディクリームを使ってみるまでそんなことを思いつきもしませんでした。
そういうわけで、今日はたくさん「見つけました」(笑)というか、忙しかったので、また買い物虫が暴れだしているみたい。所要があって昼過ぎに神田神保町を大急ぎで歩いていたら、光の中に紙の匂いがしました。製本屋さんや印刷屋さんが多く、フォークリフトがこちょこちょ動いている神田新保町の裏通りです。ハワイアンコナコーヒーのバニラフレバーって、なんとなく午後の神保町の匂いに似ています。
761 20080221 牛蒡が好き 変わったお茶漬けをごちそうになりました。アナゴを佃煮風に煮たのと、牛蒡を素揚げしたのをご飯の上に載せてお茶をかけるの。
あなごとかうなぎは、佃煮の中でも飛び切り高級で、高いなあと、手がでないことが多いです。でも、牛蒡と一緒のお茶漬けの材料に買っておいてもいいかなと思うくらい、おいしいお茶漬けでした。牛蒡はかりかりにするために、二度揚げしているみたいです。
これから春になると新牛蒡が出てきます。黒い皮をこそげ落とすと、ふんわりとした白さを持っている牛蒡です。牛蒡ってお肉とよく合います。牛肉でも豚肉もで鳥肉でも、牛蒡と一緒にするとすごくおいしい。
牛蒡が好き。お肉やお魚も好きだけど、だんだんお野菜が好きになってきています。
760 20080217 伊藤さん こんばんは。 無事、熊本におつきになられたようで。なによりです。
平田俊子さんに妙連寺ロールはおいしかったかどうか聞いてみて下さい(ごめん、私信でした)
759 20080216 炎は現象である。 昔、炎は液体なのか、気体なのか、それとも固体なのかと理科の先生は尋ねたら
「炎は現象である」
と言われました。中学生の時でした。
うちの子どもたちも同じ質問を中学校の理科の先生にしています。その先生のお答えも
「炎は現象だから、物体ではない。物体ではないから固体、液体、気体の区別にはあてはまらない」
というお答えでした。どうも親子そろって、物体と現象の区別がつかないみたいです。
私の時代よりも息子や娘の時代の中学校の先生のほうが丁寧に教えてくださるみたいで
「いいですか。空気は物体です。で、その空気の流れができるとそれは風です。風は現象です」
とちゃんと答えいただいたのですが「???」だった子どもは、息子だったか娘だったか忘れましたが
「でも風は気体でしょう」
と先生を困らせたみたいでした。ご丁寧に息子も娘も同じ質問を同じ先生にしているのです。
先週、今週と東京は冷え込んで、お葬式が続きました。お寺にでかけてお坊さんが「諸行無常」と唱えるのを聞いてきました。生花で飾られた祭壇に蝋燭の炎が揺らぐのを見ていたら「炎は現象です」と言った中学校の理科の先生の声を思い出しました。
人が生きているのも、炎が現象であるのと同じように現象なのだなあと思うそばから「でも風は現象でも、気体でしょ?」と尋ねる自分がいて困ってしまいました。夕方、西に沈む陽の光が、ひとつき前と違ってやわらかい茜色になっています。雲が陽に輝くもの「現象」ですね。
758 20080214 ああ。いたたたた(泣) 昨日からお腹が痛い。おとといの夜食べた焼き鳥のレバーがいけなかったのかと思ったけれども、違うみたい。お腹にくる風邪があるようだ。
考えてみれば今日はバレンタインデー。でもチョコレートなんてみたくないのに、ネットをあけたら、大阪の工業高校で作ったチョコレートがけの自動車の写真が載っていた。写真と言えば、ソウルの燃える南大門の写真もなんだか腹痛には響く。
目の前には経費の領収書の山と支払調書の束。先週、神楽坂の翁庵でおそばを食べていたら、相席になったおばさんが連れのおじさんに「30年も確定申告してきたから、この時期は自然に頭が痛くなるの」と話していた。そうか、そうかとなんとなく聞いていると連れのおじさんが「おでんでも食べる?」と聞く。「なんで、あたしがおでんにお金を払わなくちゃいけないのよ」とおばさん。どうやらおでん屋の店をしめたらしい。それでも確定申告に時期になると憂鬱になるみたいだ。
腹痛もそのせいかしら?毎年、恒例になって欲しくないなあ。
757 20080209 大原で白鳥を発見 頓挫していた大原の家の建築計画をすすめるべく、久しぶりに大原まで行ってきました。今回は小学館の宍田さんとご一緒しました。
で、家が建つはずの土地の前に広がる田んぼに白鳥の群れを発見。いや、最初、宍田さんに「あの白い鳥はなんですか?」と聞かれたときは平然と「白鷺でしょう」って答えていました。だって千葉で白鳥なんて見たことがなかったんですから。で、道を歩いていた人が「あれは白鳥ですよ。頭が黒いのは若い鳥」って教えてくれました。2、3年前から飛来するようになったそうです。昼間は田んぼで過ごして、夜は近くの沼に帰るとのことでした。
キョンという小型の鹿がかなり増えたとの話も聞きました。それから、芽を出す前にたけのこを食べてしまうイノシシの話も。イノシシの鼻ってダテに大きいわけじゃないらしくて、たけのこの匂いをかぎ分けてしまうのですって。
家の敷地にはたくさんの水仙が花をつけていました。日当たりが良いので、もうすみれの花がぽつぽつ咲き始め。ふきのとうが芽を出してました。裏の崖には椿が赤い花を咲かせていました。 757.jpg
756 20080207 この週末も雪みたい 伊藤さん、昨日の東京は朝から小雪が舞っていました。ちらちらちらちと一日中、降り続いていましたけど、積もるようなことはありませんでした。
この週末も雪だそうです。寒い。寒い。
755 20080204 晴れました 今日はよく晴れました。まぶしいほどです。
家の周囲は昨日の雪が凍って、つるつるすべります。歩くとペンギンの苦労がなんとなくわかります。 755.jpg
754 20080203 明日は立春 明日は立春。さてそろそろ芽を出さなくちゃ。
伊藤さん、今日の東京は大雪ですよ。この雪は今夜まで降り続くそうです。中国に大寒波をもたらした寒気団が日本列島の上空まで移動してきたようです。今日は東京でも滑ったり転んだり、がけ下に落ちたりする車や人が続出するでしょう。
先週の東京の雪の時は那覇にいました。那覇の気温は20度。暖かいというよりも、初夏か初秋の涼しい風が吹いているような感じでした。
ホテルで朝ごはんを食べて、部屋に戻ってからお風呂に入り、涼んでいると知人から携帯に電話が入りました。「何をしているの?」という質問だったので「お風呂から出て涼んでいる」と答えると「雪が降っているのに、そんなことをしたら風邪を引くぞ!」と言われてしまいました。自宅で電話に出ていると思っているから。「だって那覇にいるんだもん」って、ちょっと得意。ま、子どもみたいなものですね。
冬の沖縄には一度行ってみたいと思っていました。観光客が多いのと、修学旅行生がたくさんいたのは意外でした。沖縄の桜は本島の北のほうから咲くのだそうです。で、1月末には桜祭りが始まるという話でした。気温は20度あったのですが、空は曇り空で、この雲の色がカシミヤのセーターみたいに柔らかでした。棕櫚の木もタコノキもガジュマルもアダンも涼しい風に、息をついているようにすくすくしていました。
今年は那覇でも「冬が来ない」というほど、暖かだそうです。私が出かけた前の週には気温25度という日もあったと聞きました。それって夏でしょう。来年は今帰仁の桜を見に行きたいなあって思いました。 754.jpg
753 20080131 学期末 がけした……。
ひとりごとでした。
752 20080125 我が目を疑う 安房高校が21世紀わくで春の選抜高校野球大会にでるみたい。ネットのニュースで見つけました。ニュースが出たばかりだったので、しばし、我が目を疑いました。我が母校です。はい。県立だから、それほど野球が強いってわけではないと思い込んでました。21世紀わくとはいいながら、選ばれるのは、相当の成績を残したいたんでしょう。
いまごろ、大騒ぎになっているではないでしょうか。
私が在学していた頃も(もう30年も前だ)一度だけ千葉県大会の決勝に残ったことがありました。そういえば、あのときも千葉テレビの中継のアナウンサーが26年ぶりって言ってました。そうしてみると30年に一度くらいは、そういうこともあるってことなのかしら。
ここ数年、甲子園の野球を見ることが少なくなりましたが、今年の春は「どれ、どうなっているのかな」なんてテレビを見て、スタンドに昔の先生の顔を発見したりするのでしょうか。仮に30年に一度だとすると、次の機会には、テレビ中継の画像に懐かしい人の顔を発見したりするのは不可能だろうから、やっぱり見なくちゃ。
751 20080120 灯油1缶(18L)1950円でした。 明日は雪が関東地方でも降るそうです。座っていても膝のあたりがしんしんと冷えてくる寒さで、どうやら雪の予報は当たりそうです。
灯油を買いました。一缶(18L)1,950円でした。こんなに高額だとエアコンの暖房をつけっぱなしにしたほうが絶対に割安でしょう。金曜日(18日)に大阪から帰る新幹線のなかで見た電光のニュースでは原油市場の価格は少しさがったということでしたので、このあたりの値段が最高値ということになるのでしょうか。だとしても、もっとも寒い時期に最高値にならなくってもいいのに。
根引き松と啓翁桜(さくら)を花屋さんで買ってきました。松はお正月に使った若松をそのまま使おうかと思っていたのですけど、さすがに昨年末に生けた松ですから、松葉がだいぶ乾燥していました。
それにしても異常なくらい高い灯油の値段です。
750 20080115 女湯に入ったなまはげ 子どもの時から新聞の小さな雑報を読むのが好きでした。そういう人ってけっこういるみたい。大学で助手をしてくれている深野女史も、いろんな雑報を見つけてきます。
今日、驚いたのは、高速の外郭環状線で、トラックの積荷が爆発したってニュース。うちの近くです。しかもよく通る場所でした。で、トラックの積荷が煙を上げ始めて、しばらくすると爆発したそうです。けが人はいなかったみたいだけど、そばにいたらびっくりしただろうなって。
あと、なんだか複雑の気分になったのは、温泉の女湯に闖入したなまはげのニュース。お正月に旅館に泊まっている人に見せるために、なまはげがロビーで踊りを踊ったのだそうですけど、そのうちの一人(なまはげは一人二人と数えるのかしら)が女湯に入って、女の人の身体を触ったそうです。この事件で地元の神社の宮司さんは「子どもに礼儀を教ええるなまはげがなにをやっているんだ!」ってかんかんに怒っているとこのこと。
うちの娘も「それはないでしょ」って憮然としてました。それはそうだけど、酔っ払った勢いでばかなことをしちゃったなまはげさんが、今頃、しゅんとなっているのを想像するとなんだか複雑な気分になりました。出来心だから赦してあげるってわけにはいかないみたいだし、たぶん、そう深い考えはなかっただろうことは想像がつくし。世の中っていろいろあるもんですね。
749 20080114 お菓子の家 子どもの時は、お菓子の家というものを見てみたいと思っていたし、もし、あったら食べたいとも考えていた。
でも、今はお菓子の家に出っくわしたら「げげげ」ととたんに胸焼けがするだろうなと二日酔いの息子に向かって言ったら
「和菓子の家だったら、どう?」と言う。
ここで馬鹿息子は、宮城道夫の「春の海」を口しゃみせんでやってみせた。
「そんなお菓子の家だと、魔女がファッションに困るだろう。伝統的魔女ファッションは着ることができないし、和服は似合わないし」
「だったら、鬼婆に代理を頼むしかないね」
昨日、音楽会に出演してまだ二日酔いがなおっていない馬鹿息子はそう言う。
「鬼婆ってぼろを着ているんでしょ」
「馬鹿、絵本の鬼婆はたいてい年に似合わない若作りの小袖を着ているもんです」
「あ、そうなんだ。やっぱ和菓子の家だね」
それで和菓子の家で魔女は誰を捕まえるのかな?
二日酔い息子とのわけのわかんない会話でした。
748 20080113 おなか山 夢を見た。おなか山に遠足をした夢を見た。おなか山に登りながら(夢のなかでは誰のおなかかはっきりとわかっている)ああ、これはおなか山だ、おなか山だと感心していた。
で、おなか山にとことこと登って、そのてっぺんでおにぎりを食べた。ぼよんぼよんしながら、足をぶらぶらさせて、おにぎりを食べていた。
で、目が覚めてから、これが初夢じゃなくてほんと良かったと胸をなぜおろしていた。
747 20080112 伊藤さん、伊藤さん、援軍が来ました。 伊藤さん、伊藤さん、今日の東京は空は灰色で冷たい雨が降っています。お家を暖かくしていればなかなか気分の良い日です。で、お知らせです。援軍が来ました。なかなか力強い援軍です。文芸評論家の日比勝敏さんのページを作りました!「耳かくしの本棚」です。「耳かくしの本棚」では、日比さんが書いた評論、書評をご紹介します。
07年に日比さんが書いた書評を見ていると「文学の衰退」とか「文学の閉塞」なんて、うそだなあって感じます。新しく書き始めて人は、新鮮な感受性を示していますし、松浦理英子さん、佐伯一麦さんと私が20代からお付き合いいただいている人たちは、ちゃんと「ある時代」をくぐりぬけて現在にいることの意味の心地よさを感じさせる作品を発表しています。こういう力強い援軍が、来たので、伊藤さんゆっくりとネット依存症を癒してください。あ、書かなくていいなんて、言ってませんから。「伊藤製作所」の日記も楽しみにしてます。無理をなさらないように。
そういうわけで、私は静岡新聞の連載ストックが底をつきそうなので、湿った冬の雨の匂いをかぎながら、パソコンをがんがんうたなくてはなりませぬ。それじゃあ、皆さん、また、あとで。
746 20080106 芋煮会の準備ができました お芋の皮がむけました。お手伝いくださった昼ゼミの3人の皆さん、どうもありがとう! 746.jpg
745 20080106 あけましておめでとうございます。 あけましておめでとうございます。
お正月は子どもたちと箱根に言ってきました。大丸風呂がある福住楼に二泊とまってきました。
夏休みに法政大学の皆さんと合宿で箱根へ行ったとき、台風でがけ崩れをしていた乙女峠も修復もあらかた終わっていました。で、御殿場にアウトレット・モールがあったのを思い出して、ちょっと覗こうとでかけてみたところ、これが思いのほかの巨大ショッピングセンターでした。以前、学校で比喩の文例に漱石が書いた「御殿場の兎を日本橋に放り出す」というのがありましたが、今の御殿場のうさぎはに日本橋に放り出されてもさほどびっくりもしないでしょう。なにしろ駐車場に入るまで、2時間も行列する騒ぎでした。東京デズニーランドなみの行列でした。行列している車のナンバーも沼津、三島、品川、湘南と西からも東からも高速を使って出かけくるみたい。で、犬を連れた家族連れが多くて、しかもその犬が、みんな「お洋服」を着た犬だったのには少々驚きました。
写真はそのアウトレット・モールから撮影した富士山。夕方で、携帯電話のカメラでは、ぼんやりとして撮影できませんでした。 745.jpg
744 20071230 今年も残り2日 ああ、なんてこどだ!今年はあと2日しかないのにもう9時間もすぎちゃった。あせってますって言いたいところですが、なんとなく「まったり」してしまっています。このまま行くと「まったり」が「のんびり」になり「のんびり」が「だらだら」になって今年が解けてしまいそう。それもいいかなと耳もとでささやくのは悪魔か、天使か、いったいどっちだろう。
これまでの経験ですと、新聞連載をしたあとは家の中がぐちぐちゃになっているのです。とうてい自分で散らかしたとは思えない。パソコンに向かっている間に座敷童子か、なんじゃもんじゃの神様か、あるいは物につくというつくも神か、わからないけれども、そういうものが、好き勝手放題に大暴れしたとしか思えないような散らかり方をするのです。
だから、今年は新聞連載を始める前に、コンテナルームを借りました。家の中から物を少なくすれば、それだけ片付けが楽になるってことで、借りたコンテナルームですが、子どもたちが一度、荷物を運びこんだきりで、まだ使いこなしきれていません。で、たよりの子どもたちですが、今朝は二人とも二日酔いで寝ているの。やっぱりこのまま、「まったり」が「のんびり」になり、「のんびり」は「だらだら」に流れて落ちて行くのでしょうか。こういう時にかぎって頭後部で「お座敷小唄」がエンドレスで流れちゃったりします。
「富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も
雪に変わりがないじゃなし
解けて流れてみな同じ」 744.jpg
743 20071224 小川国夫さんのおうちで さくらえびをごちそうになりました。
さくらえびは駿河湾特産で、ほかではとれないそうです。なんでも明治時代にこのえびを発見した漁師の兄弟がいて、それ以来、大事にとっているみたい。さくらえび漁の季節になると富士川の川原で、えびを天日に干すそうです。
「猫がとるんじゃないかって心配になる眺め」
と小川さんが言っていました。生のさくらえびを見せてもらいました。紅色に透き通っているえびでした。
さくらえびをごちそうになる前に、小川さんの「悪食の話」ってのがあって、これがすごい!とてもここには再現できません。一緒に小川国夫邸にでかけて司修さんが
「ああ、みかんを食べているときでよかった」
と言っていましたし、私も途中で聞くのが怖くなりました。長谷川郁夫さんに至っては、どうもこの小川さんの「悪食の話」を聞くのは初めてではないらしいんだけど、みかんが喉につっかえたらしく、顔を赤くしてげほげほやってました。
ほんとさくらえびの掻き揚げをいただいている時じゃなくて良かった。で、さくらえびの掻き揚げの時は「虹」の話。主語がはっきりと思い出せない(さくらえびがおいしくて、そちらに気をとられていたの)「僕は」だったか「人は」だったか、ともかくその存在は「虹のようなもの」で「やがて見えなくなるけれども、虹がかかっていたことはみんな覚えているでしょう。消えちゃうから美しいの」っていう話を小川さんがしていました。
司さんはカナダで見た虹の話。遠くからだと見えるけれども、近づくときらきら光る光の粒しか見えなくなる虹を見たそうで、車だったから、何度も遠くに離れては虹の全体像を見て、近くによってきらきら光る光の粒を見たそうです。
小川さんのうちに行く前に、「おたあジュリア異聞」の挿絵を描いてくださっている宮本恭彦さんのお兄さん夫妻と虹の話をしていました。宮本さんはものすごくたくさんの虹があっちこっちにかかっているのを見たそうです。なかには端から端までくっきりとした虹もあったということでした。小川さんのおうちには宮本さんご夫妻もご一緒しました。 743.jpg
742 20071222 ぎゃぼも冬支度 のだめカンタービレに出てくるマングースの着ぐるみをうちでは「ぎゃぼ」と呼んでいます。「ぎゃぼ」も冬支度です。娘の部屋にいったら、3匹いる「ぎゃぼ」のうち2匹が毛糸の帽子をかぶっていました。ピヤニカを持っている「ぎゃぼ」は帽子をかぶった「ぎゃぼ」の後ろに隠れています。 742.jpg
741 20071217 12月の銀杏の木 ネットで皇太子妃が紅葉狩りという記事を見つけて「おや?」と思いました。記事を読んでみると、神宮外苑の銀杏並木の下をお散歩されたという内容でした。今年は11月中旬に、急に冷え込んで思いのほか、銀杏も欅も桜も美しい色に染まりました。
飯田橋から市ヶ谷に続く土手では、さすがに桜の葉はみんな落ちてしまいましたが、まだ銀杏だけは、いくらか黄色い葉が枝に残っています。池袋に買い物に行った娘が「お母さん、12月も半ばなのに銀杏が黄金色なのはヘンだよ」と言っていました。会社のある日は銀杏並木をつくづくと眺める閑もなかったから、それに気づかなかったということでした。
95年の秋に、東京競馬場で行われた天皇賞のレースを知人と見物した帰り、みごとな銀杏並木の下を歩いたことがあります。夜空に黄金色が輝くようでした。オウム事件で大騒ぎの年で、事件のことを話題にしながら銀杏並木の下を歩いていたのでした。私が子どもの頃は、11月の御酉様というと、毛皮のコートを着た女性もいて、なんだか熊みたいだなと眺めていました。それだけ寒かったということです。95年からおよそ12年で2ヶ月、紅葉がずれたとすると、あと10年たったら、紅葉に2月頃になる計算ですねと、ある教室で言ったら、聞いていた人たちが大笑いをしていました。2月の紅葉ってのは、想像しただけで笑い出したくなるようなところがあるみたいです。
たぶん2月まで紅葉がずれ込む前に、亜熱帯の植物が野山を占領してしまうでしょう。植物の旺盛な生命力は住みやすい土地を求めて、移動してくるでしょう。鳥とか虫の力を駆りながら、どんどん北上するのではないでしょうか。植物は何にも言わないけれども、もくもくと新天地を切り開いてしまいます。きっとバナナなんかも手近なところで栽培できるようになっているかもしれません。だって春の桜の方はここ数年、卒業式には咲いているというのが当たり前になってきているのですから。
まだ小学校に通っている頃、NHKの朝の番組で、東京都内をいろんな人が散歩するというのがあって、そこに詩人の新川和江さんが出演していたことがありました。落ち葉を踏んで歩くというテーマだったと思います。新川さんは「銀杏の落ち葉は湿っているから、ひらがなでかさこそかさこそと書く感じがする」とおっしゃっていました。ひらがなの「かさこそ かさこそ」って、そうだなあと子ども心に感心しました。あれからもう40年もたっているのに、今でもその番組のことを覚えている自分に呆れるような心地がします。学校へ行く前にご飯を食べながら見ていたテレビでした。
740 20071215 そうそう海苔の季節でした。 伊藤さんのコラムを読んでいて、思い出したんだけど、海の水が冷たくなるこの季節は海苔の季節でした。今は海面にぷかぷかと浮く海苔の養殖網もあって、かなり水深の深い海や、波の荒い海でも海苔を養殖できる技術がありますけど、昔は遠浅の海に乗り粗朶を建て、養殖用の網をはって海苔を作っていたから、有明海のように遠浅の海でなくては、海苔の養殖ができませんでした。
幼稚園に通っていた頃は、横浜の金沢八景にある平潟湾も海苔の養殖が盛んで、今頃になると自家用の海苔を干している漁師の家もありました。紙を漉くのと同じで、四角い木枠をつかって、四角く海苔を梳いて、それから天日に干すの。
すのこに四角く梳かれた海苔が並んでいて、市松模様を作っていました。養殖網から離れたて、流れてくる海苔を海岸で掬って、自分で漉いてみたこともあるのですけど、これはなかなかうまく行きませんでした。海苔を四角くするための枠は父が作ってくれました。網から離れた海苔だからそれほど量が多くないってこともあって、生海苔を酢の物にしたりしていました。これは、潮干狩りが始まる3月頃のことですね。アサリを採りに行ってついでに、海苔も救ってくるのです。
お歳暮に自家製の海苔をいただくこともありました。干す前の海苔は、黒というよりも紫色をしています。
海苔粗朶は竹の棒で、竹の棒が遠浅の海に等間隔に並んでいるんです。今では海苔粗朶のかわりに、平形湾に繋留されたヨットのマストが並んでいます。
739 20071214 ポインセチア 伊藤さん、うちでもポインセチアを一鉢買いました。花屋さんに行ったら、今年はポインセチアの品種がたくさん出ているって話していました。いろいろ迷ってけれそも、結局、真っ赤なやつでツリー仕立てになっているのを選びました。
あとね、きれいな白い斑(ふ)が入っているのもあってそれも欲しかったの。 739.jpg
738 20071209 支離滅裂な机の上 仕事が混雑しているときは、家の中を注意深く片付けている。そうしないと、何か重要なもの、再発行の手続きがめんどくさいものを失くすから。ところが、である。机の上だけは支離滅裂になる。以前はこんなことはなかった。家じゅうが支離滅裂な状態に陥っていても、机の上だけは片付いていた。そうしないと、自分がなにを書いているのか解らなくなるから。が、パソコンが入ってから、いつも机の上は支離滅裂になっている。
パソコンのための机と、書き物机の二つを部屋においているせいで、書き物机はとりあえずに物置代わりに使われるからそういうことになるのだけれども、その支離滅裂な机の前で、これまためちゃくちゃな本の読み方をしている。知人からもらった本、自分で買った本、前から読まなくちゃと思っていた本、そのたもろもろ、ちょっとづつ読んでは、またほかの本も読みという状態。
なんかねえ、栄養不足みたいな感じっていうのか、へんてこりんで、困っている。しかも、これが楽しい。なんでだかわかんないけど、楽しくて仕方がない。頭の中まで支離滅裂になっているのかしら?
737 20071208 ちょっと、おもしろかったこと 宝石屋の主人を驚かす
知人と丸の内中通りを歩いていて、小さな宝石屋があったので、ショーウィンドウを覗き込んだ。もう日が暮れていたせいもあるけれども、左目があまりよく見えないこともあって、ウィンドウのガラスに頭をごんとぶつけた。目から火花が出るほど、ごんとやった。「ははは」と笑った知人が、頭をぶつけたくなるほどの宝石とはいったいどんなものかと、これまたショーウィンドウを覗き込もうとしたとたんに頭をごんとぶつけた。
どうも、ショーウィンドウのガラスが通常よりも分厚くできているらしいのだ。二度も「ごん」「ごん」やったものだから宝石屋の奥から主人が出て来てとおりのほうを怪訝な顔で眺めていた。
宝石屋の主人はグレーのスーツを着た美人だった。
タクシーの運転手を驚かせたこと
「東京駅まで」とタクシーを拾って、後部座席で「年収」の話をしていたことがある。幾らくらいもらえるかとか、幾らぐらい欲しいのかとか、そんな話だった。
「あんまりばかなことを言っていると、また、どっかに頭をぶつけちゃうからな」
と、話の相手は不思議なことを言った。と、そのとき、ちょうどタクシーは東京駅に到着した。支払いを済ませた次の瞬間、車を降りようとした話の相手は「ごん、ごん」と二度も、タクシーの天井に頭をぶつけたのである。一度目は勢い良く「ごん」とぶつけ、二度目はあわてて「ごん」とぶつけたのであった。隣にいた私も驚いたけれども、タクシーの運転手はもっと驚いていた。運転を仕事にしている人には、車体から響く衝突音ほどどっきりとさせられるものはないのは想像がつく。
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」
運転手さんは早口で三度も同じ言葉を繰り返した。
これは去年の暮れのこと。
ジャック氏のボーナス、クリちゃんの三ツ星、キクチ君がキクちゃんになる話
金曜日6限の授業を終わって飯田橋の駅までクリちゃん、キクチ君と歩く。ボーナスが出たというジャック氏が電話をしてきて、いつもの「ブリッジ」で遅いご飯を食べようということになった。「ブリッジ」の向かいの文教堂に派手なミシュランの広告が出ていたので、ジャック氏が来るまで、ミシュランを見物しようということになった。けれども、日本語版は売り切れ。残っていたのは英語版だけ。
クリちゃんがミシュランで3つ星を獲得した恵比寿のレストランで彼女と食事をした時のことを話してくれた。王子様が出てきそうなレストランだ。クリちゃんの話はおもしろかったけれども、そのおもしろい細部が、今朝になると思い出せない。ただ、おもしろという波みたいな感じだけがしわしわと残っている。
キクチ君はある人物から時々「キクちゃん」と呼ばれているらしい。私、クリちゃん、ジャック氏の三人でそれを聞いて「えっ」とか「へえ」とか「ほんと!」とそれぞれに驚いたり、感心したり意外だったりして、同時に三人三様の感嘆詞をもらす。感嘆詞の見本みたい。
ジャック氏はあいかわらずボーナスが多すぎること(少なすぎることじゃない)を嘆いていた。
736 20071206 なんと、灯油が1,700円だって! 北海道旅行から帰ってきた息子が、北海道じゃあ灯油の値段があがってたいへんなんだと話していたが、ネットで灯油が一缶1,700円台になったというニュースを見つけた。
正直に言って「ええっ、ああぁ」という感じ。一缶750円くらいで買えた年もあったのだから、それからくらべたら1,000円も上がっている。いや、1,000円以上の年って石油ストーブを使っている我が家では、記憶していないから、こんなべらぼうな上がり方は初めてだ。
これじゃあ、灯油がなくては冬を越せない北国の人は、暮らしていけないって値段になっている。まだ、上がるのかしら? ガソリン代の値上がりも深刻だけど、車はあまり使わないから、灯油のほうが衝撃が大きい。
735 20071205 酔っ払ったあとで ちょっとだけボードレールの「悪の華」を安藤元雄訳で呼んでいたら、しごく、幸せだった。ぼやぼやとした靄のかかった夕暮れで、西の空が淡いブルーとピンクに染め分けられてゆく時刻の物憂さが、身体にしみこんでくるようだった。学校にいたり、街に出かけていたりすると、空の高いところから振ってくる物憂さは、身体の上をすべり落ちてしまうものだ。
もっと、ぼんやり本を読んでいたいけれど、ああ、仕事、仕事、仕事しなくちゃ。
昨日、新丸ビルで鴨を食べた。鉄砲で撃った小さい鴨を炭火で焼いたやつ。それから、丸の内中通りをペニンシュラホテルまで歩いた。丸の内警察のそばで、ちょっと前まで占領期の名残のような英語の看板が出ているアーケードのあったビルがホテルに建て替えられていた。
ペニンシュラホテルのバーで飲もうと思ったら、満席だった。エレベーターに乗り合わせたサラリーマンのおじさんとお兄さんの中間くらいの年齢の人(いったいいくつだ?)が「こんなところ、世間知らずの女の子を連れてきたら、すぐに口説けるよなあ」って話していたけど、たぶん女の子のほうがリサーチは詳細にしているはずだろうなって、苦笑いがもれたけど、気づかれなかったみたい。白い制服のきれいなボーイさんがいた。ボーイさんだけど女性。親切そうな微笑の持ち主だった。
なんて、思い出している閑に仕事しなくちゃ。東京駅から有楽町、汐留あたりはここのところ、急速に再開発が進んで、だんだん見たことがない街になっていく。
734 20071203 今年の秋 今年の秋も終わりです。 734.jpg
733 20071202 薔薇の土を買う。 薔薇を植え替えるための土を買ってきた。植え替えにはちょっと遅い気もするけれども、寒くなるのも遅かったのでまあいいかと思っている。
一重の赤い花が咲く茎の太いつる薔薇で、一昨年までは春にも秋にもたくさん花をつけていたけれども、今年はさっぱりだった。そろそろ植木鉢の土の力がなくなってきたみたいなので、ビニール袋に「薔薇の土」とかいてある大袋を買ってきた。
ベランダに植木鉢を並べるのはいいけれども、最初の頃、つまり20年前は土を買うのには、ものすごく心理的抵抗があった。土なんか買わないで、どこか空地か斜面からとってくればいいような気がして仕方がなかった。周囲には雑木林が多いので、良い土がいっぱいある。けれども、いざ、土を取りに行こうとすると今度は不審者と間違われそうで、それはそれで心配だった。水道ってものが珍しかった時代にはきっと水道代を払うのに、心理的抵抗があったのかもしれないなあとその頃、想像してみたりした。
そう、そう。ミネラルウォーターが出てきたばかりの頃、飲み水なんかわざわざお金を出して買う人がいるのかいって大人が話していたのを覚えている。いや、私が育った家だって、水道はあったけれども、井戸も併用していて、飲み水としては井戸水のほうがだんぜんおいしかった。ポンプも電動じゃなくて、手動だったから飲み水は「只」でしかも「ミネラルウォーター」だった。
でも水道代を払うのに心理的抵抗があったことなない。が、土となると違って、どうしてもどこかから掘ってこなくちゃいけないような気がしてならなかった。
で、その心理的抵抗のために最初は「赤だま土」とか「腐葉土」など土の種類を選んで、自分で配合していた。とは言え、しょせんベランダなので、配合してもなんだかちまちましている。なんだかプラモデルとか、そういうキットがそろった玩具を組み立ているみたいな気分だった。そう思った時「パンジーの土」とか「薔薇の土」とか「観葉植物の土」とかいてある袋の土を買うのになんの抵抗もなくなってしまった。
薔薇の土を買うことは買ったけれども、またしばらく植え替えをする時間がなさそう。でも、土さえ買ってあれば、ちょこっと閑になった時にさっさと植え替えができるだろう。 733.jpg
732 20071129 息子の北海道旅行のお土産と東京駅 息子が北海道旅行に行った。で、お土産は「白い恋人」と「毛蟹」と「じゃが芋」だった。お兄ちゃんのお土産に妹は「若い男の買い物とは思えん」のひと言。
でも蟹は鍋にすることにしたので、妹のほうもそれはこころ待ちにしている。じゃが芋は「インカの目覚め」と「レッドムーン」。「インカの目覚め」は時々、飲み屋さんなんかで見かけたことがある品種だけど「レッドムーン」のほうは初めて見た品種。「レッドムーン」はさつま芋みたいに赤い色をしている。
ここのところ再開発がぐんぐん進んでいる東京駅を文芸評論家の井口時男さんと歩いた。中央公論2月号の鼎談の帰りだ。鼎談のもうひとりは作家の三田誠広さん。「太陽の季節」から「ノルウェーの森」まで、戦後から昭和が終わるまでの青春小説がテーマ。
で、東京駅とじゃが芋にどんな関係があるのかと言えば、どちらも見慣れているはずなのに見たことがないものになっていたこと。
731 20071126 子どもの過去 老人の未来 子どもは未来だって言われます。そのとおりなのですが、とうの子どもは「未来」というものがあまり想像できないようです。うちの子どもたちは、最初は「夜」と「朝」の区別しかありませんでした。暗い時は「夜」明るい時は「朝」と呼んでいました。だから夕方でも明るければ「朝」でした。
「明日」とか「明後日」という感覚が理解できてきたのは何歳頃だったか? よくは思い出せません。でも、息子が小学校の一年生の時は、夏休みの始まりの日に真っ青な顔をして宿題をやっていました。こんなにたくさんの宿題は「明日までに」終わるはずがないとあせっていたのです。夏休みが40日あることをうまく理解できなかったみたいです。で、40日あるということを言って聞かせると、それですっかり安心して、40日後に一晩で宿題を片付けることになりました。こんなことになるなら、彼の誤解を解かずに夏休みの初めに宿題を終わらせるようにしとけばよかったのに、と呆れたものです。
だから年末年始の行事については、彼らが小さいときには、なかなかその流れを飲み込んでももらえないうえに、私のほうは印刷所が年末年始に閉まってしまうとか新聞の新年の別刷りの入稿をしなくちゃいけないとかで、だんだんにお正月の準備をするなんていう心境になれませんでした。子どもが高校生くらいになると「お母さん、年賀状はどうするの?」なんて聞いてくれることもあったのですけど、頭が年内納めの仕事でいっぱいいっぱいなので「それどころじゃない」って顔をついしてしまいます。高校生くらいの子ってプライドが高くて無視されたと思うと、もうあとはそれっきりで、何も言わないっていう態度にでることもしばしばで、年末で手いっぱいなんだなあなんて思ってくれればいいのに、と言う親の期待は裏切られて、紛争勃発なんてこともありました。
過去をたくさん持っている老人は、過去から未来を予測する能力があります。「来年のことはわからない」とか「生きていないかもしれない」とか言いながら、5年先10年先を見通すような話を聞かせてくれることがあります。未来がたくさんあるはずの子どもには、未来を見通す力が乏しくて、過去がずんずん積み重なっている老人は未来を見通したたがるということを考えるたびに、人間の時間感覚は不思議なものだなあと思います。
730 20071125 ビオラと葉ぼたん ビオラと葉ぼたんを植えました。
小さい葉ぼたんは毎年、植えたいと思いながら、買う時期を逃していました。クリスマスが過ぎて、お正月が来るという頃にはもうどこにも売っていないんです。
今さらと、言われそうですけど、クリスマスの準備よりもお正月の準備のほうが早く始まるのに、ようやく気がつきました。年賀状の売り出しは11月1日だし。それを過ぎると気の早いデパートやスーパーマーケットは「おせち料理」の予約を始めるしで、どうもあとから来るお正月の準備のほうが先にくるクリスマスよりも、早くに準備が始まるんだって気づくのがあんまり遅いと言われそうですけど、例年、11月のうちは「来年」のことは考えたくないなあと思っていたんです。12月になちゃえば「来年」は「来月」なんだから、これは仕方がないかって感じで、あきらめて「来年」のことを考えていました。
今年はなぜお正月の準備のほうが、クリスマスより先だと気づいたのかと言えば、相談する人がいたからです。お正月をどんなふうに過ごしたいのかを息子と娘に尋ねました。それから年賀状の宛名書きをパソコンに入力するのを助手の深野さんに頼みました。おかげで、あ、世の中全体が、クリスマスよりもお正月の準備を先に始めるのかと気づいたわけです。
子どもが小さいときはクリスマスは一大イベントで、なにしろサンタクロースを呼ばなければいけないわけで、そんなことから、まずクリスマスをなんとか乗り切る、それからお正月の準備という頭になっていました。サンタクロースを喜ぶ子どもは、大人とちがってお正月をどう過ごすかなんていう相談の相手にはなりませんから、その頃にできた習性が残っていたんです。
で、お正月になると「ああ、小さな葉ぼたんを買っておけばよかった。苗を植えておけばよかったのに」と毎年、残念に思っていました。葉ぼたんの苗を植えられたということは、つまり、子どもが大きくなったということになります。 730.jpg
729 20071124 私の曇っている左側 眼鏡を使いはじめてからかれこれ2ヶ月がたちました。目が悪いと自覚したためか、左側が見えていないというのがしきりに気になります。ものの輪郭がほとんどとれていませんし、光を発するものは滲んで見えます。
レンズの問題ではなく網膜の問題だそうで、ぼやけている左側を意識するたびに、眼科で見せてもらった左の網膜の写真を思い出します。乳白色の地に赤い血管が走る網膜の半分くらいが、いくらか暗い色をしていました。どんよりとしたその色は、医師に指摘してもらわなければ、色の違いがわからない程度のものですけど、そのせいで、これだけものがぼやけているんだなと、時々、自分の目玉の奥を覗きこんでいるみたいな気持ちで、左側のぼやけた景色を眺めています。
眼鏡ってのは、こんなに不自由だったのか、本を読みながらお茶を飲むたびに、曇ってしまうレンズを拭いています。先週あたりから急に寒くなって、赤、黄色に色づいた東京の景色も左側だけは、ぼんやりといささか曇っています。右と左と違う景色が見られると思えばこれも悪くないかなあと、まあ、これは負け惜しみですね。
NHKの収録では、眼鏡が必要な場面もあるかとテーブルの上に近く用(文字を読むための眼鏡)を置いていたのですけど、取り出す場面はありませんでした。
728 20071123 NHKのブックレビュー収録 NHKのブックレビューの収録で、作家の北方健三さん、大沢在昌さんにお目にかかりました。特集で、推理作家協会創立60周年をやるということで、歴代理事長の逢坂剛さん、北方健三さん、大沢在昌さんが御出演ということで、書評欄の収録ででかけていた私も北方さんと大沢さんにちょっと御挨拶しました。以前、あることで漫画家協会のちばてつやさんから御相談を受けて、北方さん、大沢さんにちばさんを御紹介したことがあって、そのままになっていたのですごくおくればせの御礼。
御礼に行く前に、タバコを一本吸ってから、お三方の控え室に顔を出そうと思って喫煙所にいったら、なんのことはない、北方さんは細巻きの葉巻を、大沢さんは紙巻きを、二人で吸っていて、結局、喫煙室で御挨拶がすんでしまいました。
北方さんからは「本、送ってこないじゃないか」と、いや、それは本が出てないからで(冷汗)はははと笑いながら「歴史小説書いてます」と言ってしまいました。北方さんからはこの25年くらいの間、ずっと御著書が出るたびにお送りいただいています。それから藤沢周さんも含めて、4人で新聞連載の話をしました。
「朝から殺戮シーンを読ませるな、なんて投書がくるよ」というそばから「朝から射精のシーンだってあるじゃないか」とかなんとか。まあまあ、以下略。そうそう北方さんも日経新聞に連載中でした。「失楽園」や「愛ルケ」が載っていたのと同じ朝刊でした。それにしても、北方さん、大沢さんともに笑う声がでかいこと。隣の部屋で、特集ページの打ち合わせ中も「わはは、わはは、わはは」の連続が響いてきました。
書評の司会は藤沢周さんと中江有里さん。書評は久間十義さんに北上次郎さんでした。久間さんに会うのも久しぶり。北上さんは新潮文庫のアンソロジーの編者としてご縁がありましたが、お目にかかるのは初めてでした。放送は日曜日朝8時から、再放送が同じ日の深夜0時からです、いずれもBS2です。
727 20071123 あ、入れちゃった。 豆ちゃん、ちゃんと入れました。今朝からぜんぜん入れなかったんですけど……。なんだかきつねにつままれた気分。
はい、ちゃんと入れました。
伊藤さん、こんなことも時々あるんです。
726 20071120 テスト、テスト、テストデス。 チャントデキルカナ?
725 20071120 ブランドとミシュラン 昨日、帰宅のタクシーの中で、ミシュランガイドを話題にしている番組を耳にしました。で、帰宅後、ネットを覗いてみると、ミシュランの3つ星を獲得したレストランが東京には8店もあるのだそうです。
銀座通りは有名ブランド店ラッシュ。食べることと着ることにかけては、東京は世界でも有数のぜいたくな街になりだしているみたいです。それもこれも「家が買えないからだ!」という気がします。家は高すぎて、昔、フランスの首相に「日本人はうさぎ小屋に住んでいる」なんていう悪口を言われたことがありましたが、家にかけるお金を食べることと着ること、それに車にまわしてきた結果が、こんな風景を生み出したのではないでしょうか?
私はブランドもミシュランのレストランの格付けも嫌いじゃありません。お金持ちはせいぜいお金を使って、それを眺める私たちを楽しませて欲しいと思います。バブル経済がはじけたあと、高級レストランで修行したコックさんや板前さんが、気楽な小さい店を開いて、あまり高くない値段でおいしいものを食べさせてくれたのをちょっと思い出します。そんなふうに、良い技術とか良い目やセンスがだんだんにすそ広がりになってくれれば、お金持ちが大散財をするのも悪くはないでしょう。
最近、聞いた興味深い話は、城戸朱理さんが話していた「東京ガールズコレクション」の成功の件でした。デザイナーのほうの提案が強い高級プレタポルテではなくて、お客さんのほうの注文(こんなものが着たい、あんなものが欲しい)にメーカーが答えるというコンセプトで成功したのだそうです。「ほほう!」というわけで一度、「東京ガールズコレクション」を覗いてみたいなあと思っています。
今のところは東京の贅沢は、パリの贅沢の模倣に過ぎないところがありますが、それでも、その模倣がどんどんその場所(街)と混合して、そのうちに「東京の贅沢」が生み出されそうな感じがしています。
期待しすぎかな。でも、ブランドブームなんていわれたのが30年前で(田中康夫が「なんとなくクリスタル」を書いたのは私の学生時代でした)それから、いったいどうなるのだろう? と興味を持って眺めてきたのでした。
724 20071119 秋の薔薇 鎌倉近代文学館の薔薇園の薔薇です。秋の薔薇はちょっとシック。春の薔薇の匂い立つのに比べて、なんと言ったらいいのか? ああ、うまくいえません。
それにしても、寒くなりました。薔薇の季節もこれでおしまい。薔薇園の手入れも冬の間は、少しお休みになるのでしょう。
東北地方では大雪で、青森県の酸ヶ湯温泉ではもう79センチも雪が積もったそうです。どおりで寒いはずだ。伊藤さん、伊藤さん、伊藤さんのお住まいの場所の気温はどのくらいですか? 724.jpg
723 20071118 鎌倉近代文学館で 鎌倉近代文学館で開かれている「中原中也」展の講演をしてきました。写真は近代文学館の喫煙スペースに落ちていた木の実です。どうしたことか、喫煙スペースでタバコを吸っていると、ぽたん、ぽとりと木の実が次々に落ちてきました。自然に落下したという感じではありません。
喫煙スペースのわきが崖になっていて、雑木が茂っているのですが、その梢あたりで鳥が騒いでいました。木の実の房ごと落ちてくるところを見ると、どうも鳥の悪戯のような気がします。
木の実が振ってくる喫煙スペースでゆっくりタバコを吸ってから、鎌倉駅で詩人の城戸朱理さんと待ち合わせをして、城戸朱理夫妻にバー「マイクス」でごちそうになりました。
これが火曜日のことで、土曜日にも再び鎌倉へ。文芸評論家の秋山駿さんを囲む会が、長谷の華正楼で開かれました。
秋山さんは今年、喜寿を迎えられたそうです。古希の時にはみんなでお祝いをして、九十九里浜を散歩し、いわし博物館を見学しました。(いわし博物館そのものにはあまり意味はありません。単純に九十九里にあったから、ちょっと寄ってみたのです)で、そのいわし博物館がその後、爆発したことが話題になりました。
第一報では「テロ?」という疑いもありましたけど、なんでも床下に天然ガスがたまるという自然の悪戯だったようです。
秋山さんとちょっとだけマラルメの話をしました。
夜はだいぶ寒くなって、駅のホームにいると身体が冷えてしまいそうになりました。秋山さん、夫馬基彦さん編集者の小山さん、八代さんそれから新宿「ブラ」の早川さんなどと、横須賀線で横浜まで出て、湘南新宿ラインの「小金井」行きのグリーンに乗って帰ってきました。家の近くの駅前のロイヤルホストで、小山さんとしばらくよもやま話。紅葉し木々が夜目にも華やいで見えたのは、急に寒くなったせいでしょう。 723.jpg
722 20071116 冷たい雨がふって 先週の金曜日の夜、冷たい雨が降り始めて、土曜日いっぱい降り続き、東京はすっかり秋の眺めになりました。法政大学の日本文学科の研究誌に「そとぼり通信」というはさみ込みの冊子があるのですが、その「そとぼり通信」から学生時代の愛読書という原稿を頼まれていました。
で、私はガルシア・マルケスの「百年の孤独」とジュリアン・グリーンの全集のことを書きました。すると偶然の一致なのですが、田中和生先生も「百年の孤独」をあげたそうです。田中和生さんと私では18歳、年が違うのですけど、おんなじ本を上げるということがあるのですね。ほんとうはいろんな本を紹介するために、原稿を書き直したほうが良かったのですけど、それでなくても締切りを過ぎていたので、そのまま、掲載してもらうことにしました。で、思ったことは「田中和生先生は私が小説を書き始めた頃、おぎゃあって生まれたのか」ということでした。なんだか「へえ!」です。
「そとぼり通信」の原稿を大急ぎで書きながら、外には冷たい雨が降っていたせいか、絶対、他人には触られたくない魂の秘密について書こうとしていた頃があるなあということが、しきりに思い出されました。
そんなことを思うのはきっと冷たい雨に降り込められていたせいなのでしょう。
721 20071115 文学フリマ3回目 文学フリマの事務局によると今年は出展者300人、来場者1000人で過去最高だったそうです。
なんとなく人が少ないような気がしたのは、午前中の入場者が少なかったのと、事務局の会場整理の工夫が功を奏したのでしょう。私は文学フリマに出店したのは3回目ですが、1回目の売り子をやるのにびくびく、2回目はお買い物をしてあるくのにどきどき。3回目は売り子もお買い物もどきどき、びくびくでした。3回目なら慣れるだろうと言われそうですけど、「なれ」は悪いほうに出て、前の2回ほど気合が入っていませんでした。
そのかわり、マスズミ君はしっかり気合が入っていました。私は会場で、どのように冊子を制作したのかを幾人かの人とお話しました。アドビー系のフォトショップなどを使って作ったという人もいましたし、本職はウェッブデザイナーという人もいました。漫画のコミケはものすごく盛んだと聞きましたが、たぶん、その背景には印刷機器の発展と簡易化があるのだろうなと考えていましたが、文学フリマの場合も同じことが言えるのかもしれません。 721.jpg
720 20071112 今年の文学フリマは 今年の文学フリマはなんとなく同窓会? ノリだったかな。6回目ということで、なれているともいえるし、雨降りだったから、お客さんの出足が少々悪かった感じもしました。
「法政文芸」の向かい側のブースは日芸で私のゼミにいたイックさんやタダさんのグループ。モヒカン刈りで緑色の髪の毛をしていたコショネちゃんやコイケアイコさんの学年の卒業生だから、と数えてみると学校を卒業して、もう何年たっているんだろう? だんだん解らなくなってきた。
二階の早稲田文学のブースを覗いてみる。「おたあジュリア異聞」のアシスタントをしてもらっているパクさんがいるかな? と尋ねてみたのだけれども「今日は来ません」という返事だった。それから、長島有さんとちょっと話をして、「木曜日」や「銀座線」の皆さんともご挨拶。あとマニエリストQさんのところにも行く。そうそう、図書新聞画廊の朗読会でファゴットを吹いてくれた氷月そらさんに久しぶりでお会いしました。
「法政文芸」のブースはマスズミ君、いつも黙っているハセガワ君、スズキカスミさん、ハラダさん、キシダ君が手伝いに来てくれて、豆蔵さんも応援に。あと、ハセガワモエさんが独自にブースを出していて、そちらにも「耕治粉」(これでコージーコーナー)を置いてもらいました。マスズミ君は今回、三冊の冊子の編集にかかわっていて、かなりはりきってました。で、早速、本の帯を会場で制作。ハラダさんは「敷布はないのですか?」と質問して、なぜか「シキフ」の一言が古めかしく聞こえたみたいで大受け。
会場の設営が済んだところで、マスズミ君、いつも黙っている長谷川君は例によって会場を探検に。めぼしをつけていた同人誌を買ってきました。いつも黙っている長谷川君は高校生の時から文学フリマに来ているということでした。第一回から知っているのは、いつも黙っている長谷川君だけ。
フリマそのものを楽しでいたのはスズキカスミさんとハラダさん。がちゃがちゃに入っている豆本をみつけてきたり、ピンク色のトレッシングペーパーがかかった「百合の寝台」という冊子をもらってきて「これ、おもしろい!」と作者の柳川麻衣さんの「胡蝶」を買ってきたりとか、いろいろ。
目を引くのは、本の作りに手をかけているものでした。レコード(この言葉も古くなっちゃったけど)を買う時に、中身を聞くわけには行かないので、ジャケットの雰囲気で買うのをジャケ買いと言いましたけど、本もやっぱり最初に目を引くのは、本の作り(造本)と表紙のデザイン。つまり両方あわせて、装丁ということになります。冊子といえども、それは同じでした。で、いくつかのブースでどんな機材やソフトで冊子を作ったかを聞いてみたりしました。この話はまた後日。
(ぼやき 締切りだぁとか忙しいと口に出して言うとなぜか原稿が書けなくなってしまいます。だから私にとってこれは禁句なんだけど。伊藤さんは「締切り! 締切り!」って言うのは大丈夫みたいだから不思議!!) 720.jpg
719 20071111 ナゴヤのいない文学フリマ 一昨年、昨年に続いての文学フリマです。一昨年も昨年も販売をしてくれたナゴヤ君が今年はいませんでした。でもナゴヤファンはいて、ナゴヤ君が書いている雑誌ありますか? と夜ゼミのゼミ誌を買ってくれました。 719.jpg
718 20071110 冷たい雨 金曜日の夜半前から冷たい雨が降り出しました。群馬ののぶさんからは、群馬の山々にはもう白くなっているところも見えるというおたよりをいただきました。
タクシーの運転手さんはガソリンスタンドの値段表示を見てため息をついていました。東京のタクシーは来月から値上がりになるのですが、ガソリンの値上げはそれ以上で、とてもおいつきそうにないということでした。ガソリンは高くなったものです。このぶんだと灯油もかなり値上がりするでしょう。我が家は石油ストーブを今でも使っていますけど、灯油の値上がりはけっこうこたえます。
冬が来る前にビオラを鉢植えにしてしまおうと用意はしてあるのですけど、なかなか手が回りません。ビオラは秋の終わりに植え替えをしておくと、冬の間によく根を張るのだそうです。以前、花屋さんに教えてもらいました。 718.jpg
717 20071107 群馬の渋川に行ってきました。 お天気のよい静かな日でした。
高崎までは新幹線で、高崎で水上行きの普通列車に乗り換えました。渋川というと伊香保温泉に行くときに通ります。たいてい車で出かけてしまうので、電車の窓から見るどっしりとした山並みを珍しく感じました。帰りは日が沈む時刻で、山の稜線が夕日で赤く燃えているのを楽しみました。 717.jpg
716 20071105 結婚詐欺 40歳代の介護士の女性から150万円を騙し取ったとして劇作家が逮捕されるというニュースを見つけました。結婚後に二人で同居するマンションの頭金という名目でお金を騙し取ったそうです。で、これは逮捕の名目にすぎず、なんでも1億7000万円くらいの余罪がある様子だとのことでした。介護士の女性のほかに複数の女性に結婚をもちかけてお金を騙し取っていたようです。
介護士の女性も自分の家を売って3000万円のお金をつくり、事業用の資金として渡しているとありました。きっと事業用の資金では、詐欺の立証が難しかったので、マンションの頭金の持ち逃げのほうを警察は逮捕の理由にしたのでしょう。
で、昨日の話の続きですが、この40代の介護士の女性が高校を卒業する頃には、女性が住宅ローンを組むのがむずかしかったはずです。銀行は「女性には貸さない」とはっきりとは言いませんが、だいたいそんな感じでした。で、女性雑誌には銀行から住宅ローンを女性一人で借りる方法なんていう特集がありました。こつこつと預金をして、信用をつけるという正攻法な話ですけど「なるほどなあ」と納得しながら、そんな記事を読んだ覚えがあります。で、この騙された介護士さんが即金でマンションを買ったのか、住宅ローンで買ったのかはわかりませんが、いずれにしたところで、かなり努力をして買ったマンションに違いありません。年代から考えると銀行も独身女性に住宅ローンを貸すようになった「はしり」の頃の利用者かもしれないなあと思いました。
以前、詐欺にかんする本を読んだことがあるのですが、結婚詐欺というのは、被害届けをとり下げられてしまうことが多いのだそうです。被害者も「騙された」とは思いたくないそうで、被害届けが取り下げられて犯罪そのものが消滅してしまうというケースが多いと書いてありました。そんなものかなと思いつつ、なんとなく「そうだろうな、そうだろうな」と納得してしまいました。被害というよりは感情のもつれと理解したほうが、心の傷が浅くて済むということろを、巧妙に利用するのだそうです。悪い人ってのは、やっぱりどこまでも悪いみたい。でも、その本によると、詐欺師は自分が人を騙している自覚がない人が多いとも書いてありました。人を騙すには、まず、自分を騙す必要があるのだそうです。で、1億7000万円を女性から引き出した劇作家もお金を受け取ったことは認めているものの、「騙したわけではない」と主張しているそうです。
715 20071104 格差社会 飛行機の客室乗務員のことをスチュワーデスと言っていた頃、若年定年制というのがあったのをふと思い出しました。女性は30歳で定年というような制度だったかな。もう30年以上も前に若年定年制は違法という判決が出て、だんだんに廃止されていきました。「若年定年制は違法」という判決は高校の教科書に載っていました。
それから男女雇用機会均等法ができて、でも、まだその頃は女性の防衛大臣とか、独身の首相が日本にもいるようになるなんていうのは、空想的な話でしかありませんでした。
小池百合子の「女子の本懐」という本の広告が、地下鉄の中吊り広告にありました。手元になにもなくて、記憶だけで書いているので、もしかすると間違っているかもしれませんが城山三郎の「男子の本懐」がベストセラーになっていた時代に、小池百合子元防衛大臣はテレビキャスターとして、活躍していたか、そのちょっと前だったか? それまでテレビのニュースと言えば、男性がキャスターを勤め、女性はアシスタントというパターンだったのが、小池百合子、安藤優子、田丸美鈴、などの女性もキャスターを勤めるようになったのでした。女性のテレビキャスター第一世代としては小池百合子元防衛大臣は、いちばんの出世頭というところでしょうか。
男女雇用機会均等法ができたときに、この法律って、経済的に苦しいから共働きをしているって家庭のためにあるんじゃないよねえって、そう感じていました。むしろ高給取りの家庭のための法律って感じでした。30年前の日本は一億総中流なんて言っていましたから、男女格差を論じるときに、あんまり所得階層の違いに目を向けたりはしなかったんですけどね。その頃の空気を知っていると、なんというか、今の格差社会の小さな芽が出てきた頃のような、そんな感じをいくつも思い出します。
今朝はちょうど新聞の配達が終わる頃に目をさましました。日経新聞には高級腕時計と宝飾品が並んだ小冊子が折り込まれていました。クリスマス用ギフトの宣伝広告で、単価は数万円から数十万円。腕時計は、万年筆と同じで、いまや高級品だけが残っていて、ちょっと前まで街でみかけた安い時計は姿を消してしまいました。携帯電話にその地位を奪われたみたいです。プチジュエリーはブランドがブームになる少し前、つまり女性のテレビキャスターが現れた頃から見かけるようになっていましたけど、だんだんと高価になってきています。で、その広告を見ながら、思ったことはこの30年で、お金持ちの雰囲気が変わったなあということでした。
30年前、一億総中流と言っていた頃にもお金持ちはいて、しばしば「へえ、世の中にはお金持ちがいるんだなあ」と感心したことがありました。なんかねえ、うまく言えませんが、その頃のお金持ちは「古い家のお金持ち」でした。それが30年たって、やや入れ替わったのか、それとも「古い家のお金持ち」のセンスが変わったのか? どっちなのだろう? と日経のクリスマスギフトの折込み冊子を眺めていました。30年前は一億総中流の掛け声の前で、お金持ちはちょっと遠慮をして、大衆(この言葉も30年ほど前に消えてしまった感じがしま
すが)に紛れ込んでいたものですが、今は大手を振って街を歩いているというか、そんな感じです。
たぶん、今のお金持ちは「自分の能力で稼いだ」という気持ちが強いのでしょう。30年前のお金持ちは「親から譲られた」とか「たまためぐり合わせが良かった」とかそんなふうにいささか遠慮気味でした。「成金」っていう単語がまだ罵倒語だったのですから。でも、どんな時代にも「成金」っているんだけどねえ……。今様成金の特徴をどんな言葉で表現したらいいんだろうって考えているうちに、若年定年制の違法判決やら男女雇用機会均等法などなど、をつらつらと思い出したわけです。格差社会というとワーキングプアなどの、所得の少ないほうの人々が、問題にされますけど、格差の上のほうはあんまり注目されないというか、その変化を論じている文章をみかけません。
でも小説の世界では、わりに上のほうの登場人物がこのごろの作品には登場します。というか、恋愛小説を書くためには「自分の財産を持っている女」というキャラクターが必須の条件で、日本の近代小説はこの条件と満たす女性をうまく造詣できなかったのですけど、その条件を満たす女性がいる世の中になったということを最近の小説は如実にあらわしているなあと思う作品に出会うことがあります。そういうことについて考えていると、格差社会の上のほうの感覚やセンスが気になるというわけです。
714 20071103 豊後水道を横切って 大分に行ってきました。と言っても木曜日4限まで法政で授業をして、金曜日の6限までに戻ってくるというスケジュールでした。
帰りの大分空港で、熊本の伊藤さんのところまではきっとレンタカーを借りればすぐにいける距離なんだろうなあと思いつつ、でも、伊藤さんはカリフォルニアに帰っちゃったからなとか、何とかぶつぶつと大分の空港で考えていたら、飛行機がすべて飛んで行ってしまいました。はて、私はいったいどの飛行機にのるべきだったのだろう?
へんだな? と思って、空港職員にチケットを見せると
「お客様の御搭乗の飛行機は14時15分から18時10分発に変更になっています」
という返事でした。もしかすると、どうも同行者のチケットと私のチケットを取り違えて持っていたみたいです。
セキュリティチェックも済んであとは搭乗するだけだったので、一瞬にして頭の中に三つの考えがほど同時に横切りました。1、わぁ〜い、ばんざい。お天気の良い日に青く静かな豊後水道を飽きるまで眺めていられるぞ! 2、6限の授業はどうすんだ? 3、あと4時間も搭乗待合室にいなくちゃいけないの? ま、そういうふうに3つの考えが浮かんだあとで「どこかでタバコはすえないかな?」と思いつつ、次の飛行機の時間を聞いてみました。
すると16時25分の東京行きがあるという返事で、ついでに搭乗待合室から外へ出ることは可能だということも解りました。おかげで、というか、おかげさまでというべきか、ともかく、午後いっぱいのんびりと青い青い豊後水道を眺めていることができました。あの青い海の中には関さばや関あじがいっぱい泳いでいるんだろうなあなんて、思っていました。
そういうわけで16時25分のフライトで羽田まで飛ぶことになって、これがちょうど日没を雲の上から眺めることができる便でした。足の下に夕焼けがあるという眺めです。羽田で飛行機を降りる時、客室アテンダント(昔はスチュワーデスって言ったんだ。私の友達はわざわざスチュワーデス専門の受験予備校へ言って日航のスチュワーデスになった子もいた。今でもあっちこっちの空を飛んでいるのかしら?)が「昼間は暖かですが、夜になると冷え込む季節になりました。皆様、御身体御大切にご旅行下さい」ってアナウンスを入れていました。ほんとうに日暮れの羽田は少し寒いくらいになっていました。
あ〜、チケットを取り違えちゃったH財団のDさん、夕方、空港について乗る飛行機がなくて驚いていたんじゃないかしら? 私はその頃、首都高で渋滞に巻き込まれていました。
713 20071101 トピックス工事中です。 豆蔵さんにトピックスを工事してもらています。静岡新聞、熊本日日新聞連載の「おたあジュリア異聞」の挿絵を画家の宮本恭彦さんに描いていただいているのですが、その挿絵の一部をトピックスで紹介できるように豆蔵さんに工事をしてもらっています。
宮本さんの絵はとて色彩が美しくて、画面ではなかなかそのビビッドな感覚がでないかもしれません。でも色使いのおもしろさは、感じていただけるのではないでしょうか。描かれた線に動きがあり、線の動きが画面を生き生きとしたものにしています。
712 20071031 今日の空 昨夜、遅くに静かな雨がふりました。さびしい雨でした。今日の空です。画面のしたのほうに伸びているのは、家の向かいの丘の上に建設中のマンション工事のクレーンです。 712.jpg
711 20071030 日が短くなるには少し早いけど 秋の夜は、闇の色がだんだんと深くなってゆきます。 711.jpg
710 20071028 メガネ めがね 眼鏡 眼鏡をかける。
スーツを着る。
電車に乗って通勤する。
いろいろあった願いの中で、上記の3つはパッケージで願っていたことなのですが。秋口に眼鏡を作って三つの願いがかなったにもかかわらず、楽しくない(ブスッ)
で、高校生の時からの人生の楽しみがひとつ失われてしまいました。
カップラーメンを食べながら本を読む。
眼鏡が曇ってこれができないの。高校に入る前はカップラーメンがありませんでした。
以下、なぜか眼鏡をかけるのがばかばかしく感じられる場面。
駅の売店で週刊誌を買って電車の中で読む。(わざわざ眼鏡を出して読むほどのことはないだろうと思われる。でもなぜか眼鏡がないと字が読めなくなっている)
トイレの中で読む新聞(あ、眼鏡がなくては読めないよ!と気づくのだけど、そのときはわざわざ眼鏡をとりに行くのが面倒になっている)
極めつけ 最悪のパターン
競馬場で読む競馬新聞。オークスの時は眼鏡なしで読めたいいたのに?何でだ。
しかもオッズの掲示板は近いところ用の眼鏡では読めず、遠いところ用の眼鏡にかけかえなくてはならない。眼鏡をかけかえるために、かばんから眼鏡を入れたり出したりしていたら、那覇で買ったお気に入りのスカーフを落としてしまった。ああん(泣)
そういうわけで今日は天皇賞に行ってきました。
709 20071024 沖縄の緋寒桜 新沖縄文学賞の選考会の会場になった料理屋「美栄」で、今年が開業50周年だと、お祝いの絵葉書をいただきました。「美栄」は木造二階建て。屋根は沖縄の赤い土、鉄分が多いのだそうですけど、その赤瓦をしっかりと白い漆喰でとめた屋根を持っています。軒の低いがっしりとしたつくりは台風の多い沖縄ならではの造作でしょう。
今では周囲を鉄筋コンクリートの建物に取り囲まれていますが、それでも、二階座敷には良い風が入ってきます。高層建築が当たり前になってしまうと、こういう木造の家はものすごい贅沢になってしまいます。
絵葉書に描かれている赤い花は2月頃に咲く沖縄の緋寒桜です。この花の咲く頃に沖縄に言ってみたいなあと思うのですけど、まだ一度も出かけられたことがありません。 709.jpg
708 20071024 伊藤さん、カルフォルニアのお宅はご無事? 伊藤さん、伊藤さん、
カルフォルニアの山火事、すごいみたいですね。伊藤さんちは大丈夫かしら?
707 20071023 クバの草履 那覇のお土産です。25年前に沖縄に初めて行った時、クバの葉で作った扇、クバ扇(クバセン)が珍しくて買ってきたのを覚えています。クバは棕櫚のような植物です。
で、今回、クバの草履を見つけました。ベランダで洗濯物を干す時にこれを履いていると楽しくなりそうです。
台湾に行ったときの、サンダルの種類が豊富なのがうれしかったのですが、沖縄はサンダルに加えてビーチサンダル、草履など素足で履く履物を豊富な種類の中から選ぶことができます。 707.jpg
706 20071022 泊港 沖縄は新沖縄文学賞の選考会でした。昨年は夏に岡本恵徳さんが亡くなられて、大城立裕さんと二人の選考でした。那覇に到着すると眉毛の長かった岡本さんのお顔を自然と思い出しました。
今年から琉球大学の山里勝巳さんが選考委員に加わられることになりました。山里さんとは初対面。選考の結果は主催の沖縄タイムスのホームページでどうぞ。
宿泊は泊港のホテル。写真は泊港です。この港からは、島々に渡るフェリーが出ています。港のターミナルのビルにホテルがあるのは理解できるとして、なぜか防衛省関係のお役所も同じビルに入っています。
で、港のデッキにはマンゴージュース屋さんが出ていました。久しぶりに何もしなくて良い時間ができたので、マンゴージュースを飲みながら、港を眺めていました。
マンゴージュース屋さんは「寒くなりました」と挨拶をするので聞いてみるとフラッペ(カキ氷)はあと10日ほどで終わりにするということでした。港の売店でなにげなく買った週刊文春は、先週、飯田橋の地下鉄の売店で買ったのと同じ号(つまり一号遅れ)でした。良いお天気で、気温はたぶん25度くらいはあったでしょう。 706.jpg
705 20071021 変わった花 那覇の福州園で変わった花を見つけました。 705.jpg
704 20071019 夕焼け・昼下がりのテレビ・今日の雲 水曜日(17日)の夕焼けはすばらしいものでした。ちょっと気味が悪くなるくらい。法政大学ボアソナードタワー26階にいたのですけど、東京中がピンク色に染まるような夕焼けでした。携帯電話を持っていたのですから、窓越にでも撮影しておけばよかったなあと後悔しています。
窓のそばに寄って夕焼けを眺めている人がいたのでちょっとおしゃべりしました。日本語のイントネーションが、ネイティブと違う感じでした。たぶんどこかの国から来た留学生か研究者でしょう。
話は遡りますが、火曜日に長年、考えてみると30年間もお付き合いいただいた税理士さんが亡くなられたというお知らせをいただきました。私の母の同級生のお兄さんでした。86歳というお年で、お葬式は逗子でした。母は金沢八景の関東学院の卒業生でした。だから「逗子」なのかと、改めて初めてお目にかかったときのことを思い出しました。私はまだ大学の一年生でした。
今年の春先に体調を崩されて入院なさっていた時、お見舞いにうかがうと、お孫さんの書いた絵を見せていただきました。
「この子と僕はちょうど80年、歳が違うの」
そうおしゃっていました。
戦争中に軍馬の世話をしたことがあるというお話も聞いたことがありました。
いつだったか。「これまで経験なさっていちばんひどい不況はいつのことですか?」とお尋ねしたら「そりゃあ、終戦の時だよ。みんな、何もかも焼けちゃってなんにもなかった」と答えられて驚いたことがありました。バブル崩壊なんて騒いでいた頃のことだと思います。
18日は横須賀線で逗子まで出かけました。で御出棺をお見送りして、逗子の駅まで戻り、そこで喫茶店に入りました。大きなくすのきのある喫茶店なのに、なぜか名前は「ほるとの木」でした。ほるとの木は常緑樹で、一年中、緑の葉が赤く染まってほろほろと落ちます。母の実家には大きなほるとの木があります。沖縄などではほるとの木が街路樹として並木になっている通りもあります。
このごろは喫茶店でも禁煙なんて店が多くなってきたので、なるべく昔からやっていて、今でもマッチをくれそうな店を捜して入るようにしています。で、黄色いペンキが塗られた喫茶店に入ってみるとカウンターの中には二人の白髪の女性がいました。どうやら二人でお店をやっているみたいです。で、テレビがついていて、ボクシングの亀田選手の謝罪会見を取り上げたワイドショーが流れていました。
テレビの画面では企業の危機管理の専門家が謝罪の仕方についての解説をしていました。言葉の使い方、頭の下げ方、服装、態度、こまごまと解説をしていると、コーヒーをついでいた方の女性が
「そんなことができるくらいなら、こんな騒ぎは起こしてないの」
と独り言を言うので、思わず笑ってしまいました。
もうひとりの女性は
「この子、絵がうまいんだって。だから繊細なんだよきっと。そういう顔してるもん」
と言っていました。お婆さんというものは、ほんとうによく見ているもんなんだあと感心してしまいました。
それからまた横須賀線にごとごとと乗って、新川崎の先にある薄野原を気持ちよく眺めて東京駅に戻ってきました。
昨日は良いお天気だったけれども、今日の東京は曇り空。少し寒いくらいです。9月に韓国の梨泰院で作った革のコートをそろそろ着てもいいかなという陽気になりました。
703 20071009 うずくまる香炉 ソウルで買った香炉です。
中国の品物だそうです。最初に入った骨董屋さんで買いました。白い髭をはやした日本語を話すおじいさんと息子さんで骨董屋さんをやっている店でした。
どうも今回は丸いものに目がゆきました。まるみの感じが好きですぐにこれに決めようとおもいました。なんとなくおしゃべりな感じのする香炉です。
どこかの家の仏壇で、いや、儒教だから仏壇とは言わないかもしれないのですが、ともかく、並んだお位牌をあいてにぶつぶつ何かをずっと言い続けてきたような感じです。もしかしたら、この香炉は中国語も韓国語も理解できるのかもしれませんが、まだ日本語には通じていないのでしょう。
なんか言いたそうなんだけど、通訳がいないなあと思っているような感じで、うずくまっています。 703.jpg
702 20071008 どれどれやってみよう 豆ちゃんが教えてくれた方法で写真を掲載しました。
あ、ちゃんとできたよ。
というわけで、城戸朱理夫妻とでかけたソウルの骨董街で購入した壷をやっとお目にかけることができます。
城戸さんによると、この壷は日韓併合時代のものだそうです。なんでそれが解るのかというと、青いぼたんの花に緑の葉という図柄の流行があったことと、緑の葉の染料に特徴があるのだそうです。
で、この壷は悩ましかったのです。何が悩ましいと言って買った時は「あ、あれがいいや。なんとなくイタリアっぽい」くらいの軽い気持ちだったのですが、その跡、なんだかばかな買い物をしたんじゃないか?という疑念にさいなまれました。
壷は新聞紙で包んでもらい、さらにそのうえにぷちぷちで保護してもらいました。だから、見ないで、悩んでました。家に帰ったら「なんでこんなものを買ったのだろう?」と後悔するんじゃないかしら?とずっと思っていたのでした。