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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

「ソウル1964冬」の作者 金承トさん

2019年03月31日(日)

 神田のチェッコリで金承トさんのお話を聞く。御病気をなさって、今は筆談でお話をしている。お土産にコーヒーをいただいた。金承トさんからいただいたドリップコーヒーは、1杯づつ、お湯を注ぐタイプ。
 以前のソウルではハワイアン・コナなどのフレーバーコーヒーが多く、フレーバーのないコーヒーを出してくれる喫茶店を探し回ったのを微笑とともに思い出した。10年くらい前かな。
 1983年に中上健次がソウルを訪れた時の写真も見せていただいた。その後、金承トさんは東京を中上健次に案内してもらったと。韓国は全斗煥大統領の軍事政権下、日本はまだ昭和で、中曽根康弘首相が韓国を訪問し、全斗煥大統領と会見したのは1983年1月のこと。中川一郎氏が自殺したのは1月9日。
 「ソウル1964冬」(日本語の翻訳は三一書房刊)の作者、金承トさんは若い作家に何か言いたいことはあるかという質問に「明るい作品を書いてもらいたい」と答えた。自分たちの時代には書けなかった明るく豊かな作品を書いて欲しいと。韓国の年配の作家は同じ趣旨の発言をよくする。80年代初頭、中上健次がソウルを訪れた頃の日本では「冷めた雑炊が喰えるか」の開高健の発言に代表されるような高度成長後の繁栄を否定し、繁栄から「文学は生まれない」式の発言があっちこっちから出ていたのを思い出す。どうして、そんなに戦後社会が繁栄の時代を迎えたことを否定的にとらえなければならないのか不可解なくらいだった。

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