中沢けい公式サイト 豆畑の友
ホーム プロフィール・著作リスト 中沢けいへの100の質問 中沢けいコラム「豆の葉」 お問い合わせ
中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

母子鷹 父子鷹

2018年08月03日(金)

夫婦と2、3人の子どもという家族を「伝統的な家族」と勘違いしている自民党議員。それ60年代から70年代には「核家族」と呼んだの。それ以前は祖父母、夫の弟妹など小舅、小姑を含む3世代家族。母子水入らずになりたいと思っていたお嫁さんも多かった。
 明治維新から150年夫婦、親子での水入らずの生活に憧れたのもつかのま、核家族の問題点が噴出したのは70年代から80年代。狭い住宅で、援助する人もなく母と乳幼児が暮らすと育児ノイローゼが続出。その当時は「保育園政策」は選挙の票にならないと言われた。
 新聞社でも政治部の仕事と言えば「政局」報道。で、「政局」と言えば誰が総理大臣になるのかを探り出すのが仕事。ロッキード事件以降、これに「政治と金」のスキャンダル報道が加わる。
 「保育園?それ学芸部の家庭婦人欄の仕事でしょう」「育児ノイローゼは社会部」って感じ。
 80年代に入るとベビーホテルが問題視され、盛んに報道された。社会部ネタだったように記憶しているんだけど。違ったかな。で、多少は行政への関心も生まれた。保育行政が政治・政策のテーマだと焦点があってくるのはいつ頃だったか。
 90年代でも「社会部」「家庭婦人欄」ネタだったような。今は大手新聞社の政治部長に女性もいるし、きっと新聞記者の中にも保育園利用者(0歳児からの利用者)がいるに違いない。 
 子母澤寛が勝海舟親子を描いた「父子鷹」というのがあるけど、それこそ、親と子の「母子鷹」「父子鷹」で保育、育児行政が政治・政策問題であることを認識させる道を切開いてきたわけ。だから「待機児童なんていません。いるのは預けたい親だけ」などと杉田水脈議員に放言されると「あんた、50過ぎまで何を見てきたんだ。黙れ。この劣化コピー」とどやしたくなる。
 0歳〜の保育園利用者つまり赤ちゃんや小さな子どもだって、親と協力して「赤ちゃんから保育園なんてかわいそうね」という世間の目を跳ね返してきたんだから。それで、うちの孫たちは毎日、激戦の入園競争を潜り抜けて、毎日楽しく保育園に通い、週末は児童館で遊んでいます。3代に渡って切開いた道。

↓前の日記 / 次の日記↑

   
談話室 リンク集「豆の茎」 メルマガ「豆蔵通信」 サイトマップ