中沢けい公式サイト 豆畑の友
ホーム プロフィール・著作リスト 中沢けいへの100の質問 中沢けいコラム「豆の葉」 お問い合わせ
中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

1970年7月18日

2018年07月18日(水)

34,944 byte

 めちゃめちゃな暑さです。でも、朝の空は少しだけ秋の気配が。

 1970年7月18日、東京の杉並区で初めて光化学スモッグの発生が確認されました。
 東京の杉並区で光化学スモックが初めて発生した日、私は小学校5年生でした。新校舎が建って、学校のお引越しの最中。旧校舎の校庭の真ん中で枝を伸ばしていた大きな楡の木もお引越し。枝をはらって植え替えられました。館山市立北条小学校の話です。楡の木は今どうなっているかしら?
 昨日、館山のお寺さんと9月にやる法事の話を電話でしました。父が亡くなって50回忌になります。ちょうど公害が大問題になっていた時代でした。父を亡くして子どもの本が読みたくなくなった私に叔母が「日本の公害」という小学校高学年用の本を買ってくれました。署名は違うかもしれません。
 小学校5年生の担任の先生は千葉大学の教育学部を御卒業になったばかりの新任の先生でした。夏休み前のPTAの会合で「ファントム1機を購入する金額で市内の学校全部にプールができる」と発言したのを母がたいそう面白がっていました。小学校の校庭には東京から運ばれてきたコンクリートの敷石が東京から運ばれてきたコンクリートの敷石が積まれていました。デモの学生が敷石をはがしてかち割り、機動隊への投石の材料とするので、歩道をアスファルト舗装にするために不必要になった敷石だとか。で、その敷石を学校の校庭に並べました。ぬかるみを防ぐ小道を作ったのでした。
 なんだか、あの頃からずっとひと世代上の人たちがやったことの後始末をしているような気がするんですけど。ま、人生はそんなものかもしれませんけど。

↓前の日記 / 次の日記↑

   
談話室 リンク集「豆の茎」 メルマガ「豆蔵通信」 サイトマップ