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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

映画「肯定と否定」

2018年01月03日(水)

 映画「否定と肯定」はデボラ・E・リップシュタット役のレイチェル・ワイズが主役なのはもちろんだけど、敵役がいなくちゃ話にならない。デヴィット・アーヴィング役のティモシー・スポールは「レイシストはどこの国でも同じ」という感想を生み出している。確かにユダヤ人虐殺否定論者はティモシー・スポールが演じることによって、表情、姿勢、声の出し方などある種の普遍的な特徴を生み出している。日本のレイシストにもそっくりなご仁がいるくらい。映画パンフレットによればティモシー・スポールは「私の目的は、彼(アーヴィング)を理解することであって、彼を判断することではない」と言っている。俳優は身体で与えられた役の人物を理解する。俳優はアーヴィングの孤独を、俳優自身の肉体で理解する。レイシストの普遍的な特徴を表現する。英国の演劇の厚みを感じさせる俳優だった。画家のJ・M・W・ターナーを演じているそうなので、その映画を見たい。
 正義は人の数だけあるというのは、このような偉大な俳優のためにある言葉だ。それは単なる相対主義ではなく、敵役のために身体そのものをさしだす俳優の、なんと言ったらいいのだろう?適切な言葉がみつからないけど、「俳優の魂」のためにあるような言葉だ。

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