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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

めいタンは4か月になりました。

2017年12月29日(金)

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めいタンは4ヶ月になりました。にこにこです。

子豚の市場歩き 2

2017年12月29日(金)

 うっかりしていましたけど、今まで行ったことがある市場に東京の築地と大阪の鶴橋を入れ忘れてました。で、鶴橋の市場を入れるなら、新大久保のコリアンタウンも入れたくなってきます。

 鶴橋が在日朝鮮人の市場なら、新大久保のコリアンタウンはニューカマ―の韓国人街。でも、新大久保は韓国人だけではなく、イスラム教徒用のハラールのお肉を売っているお店もあればベトナム料理の食材を売っているお店もあります。その連想で、上野のアメ横も入れなくっちゃ。アメ横は鮭やイクラ、たらこなど塩干のイメージがありますけど、路面から地下へ入ると、フィリピン食材のお店があったり、そのほかにもいろいろ。有名なバロットもここで初めてみました。けど、まだ食べたことはないの。
 東京、大阪には外国から働きに来ている人も多く、外国人の子どもに日本語教育をするクラスを担当している法政大学大学院の卒業生もいます。
 
 新大久保へは、ヘイトスピーチのカウンターでよく通い出す前から、韓国食材を買いに行ってました。新大久保へ行けば韓国食材が買えると気づいたのはいつだったか。まだ韓流ブームが起きていなくって、新大久保も寂しかった頃から通っていました。えごまの葉とかチヂミの粉とか、そんなものを買っていました。

 そうそう、新大久保を市場のうちに数えるなら横浜の中華街も入れなくっちゃ。ここは家が横浜の金沢八景にあったので、子どもの頃から親に連れていったもらうことがありました。ここで買いたいのは「焼き物」。赤い色がついたチャーシューはもちろん、皮つきのチャーシュー、鴨の焼いたやつとか、たくさん買いたくなります。月餅は、むかしはあの餡子のごま油味が嫌いだったけど、今はなぜか好きになっちゃった。

子豚の市場歩き 1

2017年12月24日(日)

 子どもの時、家の近所に市場があった。まだスーパーマ−ケットなんかなかった時代。雑居した小売店が大きな屋根で覆われていた。いちばん奥にあったのは肉屋さん。母が「豚小間100gください」と言うそばから「その豚はぶうぶう鳴くか?」と聞いたのだそうだ。肉屋の大笑いしたとか。

 八百屋、肉屋、魚屋、小間物屋、雑貨屋、洋服屋などが雑居した市場は日本じゅうのいたるところにあった。レジ袋なんかなくって、品物は新聞紙に包んでもらうことが多かった。それを持参した買い物籠に入れて持ち帰る。記憶しているところだと荻窪駅前の今、ルミネがあるところにも大きな市場があった。吉祥寺には駅前の市場の名残が少し残っている。吉祥寺の市場は八百屋、魚屋、肉屋などのほかに飲み屋や焼き鳥屋などが混在していた。1980年頃にはまだ吉祥寺の市場は健在だったけど。

 最初にスーパーマーケットに買い物に行ったのはいつ頃だろう? 小学校の一年生の時に横浜から房総半島の館山に移ってしまったので、都市部の市場がスーパーマーケットに変わってゆく過程を知らない。館山だとスーパーおどやが館山市街に出来たけど、船形の自宅から買物に行くには遠すぎた。日常の買物は国道沿いの商店街だった。小売店が雑居する市場はそもそもなかった。

 今まで行ったことがある市場。沖縄の牧志の公設市場。小倉の市場。大阪・黒門市場。京都・錦市場。金沢・近江市場。仙台・朝市。青森・駅前市場とりんご市場。北海道・釧路の市場。ソウル・南大門市場・東門市場。釜山・チャガル市場。麗水・乾物市場。あと中国の成都の市場。パリのどこかはずれのほうにあった市場。ドイツの小さな町(町の名前は忘れちゃった)の市場。

   
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